2011年10月25日火曜日

コミュニケーション

和楽茶会が近づき夜中でもふと目がさめてしまったりします・・ 
何となく気持ちが落ち着かな日々・・
そんな一時、日向ぼっこでゴンちゃんとお茶をしながらコミュニケーション。
陶の庵の心配事がわかっているのかいないのか?
 顔が見えているのかいないのか?
白内障の真っ白の目で見つめてはくれますが・・

(一見澄んだキレイナ目でしょう? それが見えないんだ・・)

あれだけ気が強くすぐに犬歯をむき出していた(陶の庵似?)のが
ゴンちゃんは今やとてもおとなしい超シニアエージになりました。
時々陶の庵もゴンちゃんの様な穏やかな老後を過ごせたらな~~と
思ったりする癒しのゴンちゃんです。

サーサ、それよりまず一服したら目前の和楽茶会を
何とか暖かい雰囲気のお席にすることを考える事にといたしましょう。
\(^-^)/
 

2011年10月15日土曜日

陰暦 四方会

今月の当番はAさん。穏やかな絶好のお茶事日和。 いいえ、勉強会日和でした。

    
     
      表玄関から外腰掛に移り
      しずかな露地の北山杉と
      青い杉苔にうまっている
      飛び石を進み つくばいで
      手水を使って入席 



  秋の気配清し  
大亀老師筆

ご挨拶と炭手前も終り
お料理上手なAさんのお点心♪♪

       








  陰暦の菊月に因んだとっても綺麗な菊花ぞうすい  
やはり陰暦九月一三夜の栗名月に因んだ名月椀
美味しゅうございました(*^ー^*)

相伝物を夫々補いながらのお稽古を済ませ有意義な一日でした。
Aさん有難うございました。 どうぞ お疲れがでません様に!

2011年10月9日日曜日

「百年の手紙」 20世紀の日本を生きた人々 

中日新聞の夕刊に七月末から九月末迄49回にわたって色々の分野の人達、作家、政治家、
政治家の妻、皇后、監督、軍人、名もない人等・・を題材に時代とそこに生きた人々のことを、
ノンヒィクション作家の梯久美子さんが書いてみえました。
生来めんどくさがり屋の陶の庵ですので大部分斜め読みにしながらも楽しみにしていました。

 第一回
足尾銅山の鉱毒被害の運動を命を賭してされた田中正造氏の書状。

 第十八回
敗戦直後(S20.8/30) 皇后(香淳皇后)が疎開先の皇太子(現天皇)に宛てた手紙。
<・・・残念なことでしたが これで 日本は 永遠に救われたのです・・>
香淳皇后の人となりを伝える貴重なお手紙だったんでしょう。読んだときびっくり致しました。
49回掲載された中、カラー写真は一枚だけの天皇、皇后両陛下の睦まじいお姿が(1987年)
載っていました。

 第二十六回
作家の宮本百合子が獄中にあった夫 顕治と離れて暮らした12年間に交わした手紙・・

 第四十九回(最終回)
最近亡くなられた辺見じゅんさんの「収容所から来た遺書」・・シベリア抑留中に亡くなったある男の人の遺書を仲間が手分けして暗記し家族に届けた実話にもとずいて書かれた代表作だそうです・・
母親への遺書、 妻への遺書、 最後に子供に書いた遺書の一部。
<・・・君達はどんなに辛い日があろうとも、人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するといふ進歩的な思想をわすれてはならぬ。偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基く自由、博愛、正義の道を進んで呉れ。最後に勝つものは道義であり、誠であり、まごころである>

全四十九回共、内容の濃い素晴らしい文章でした。

2011年10月3日月曜日

美味しゅうございました♪♪

趣味が昂じて・・本業となる
知人が定年を前に脱サラなさり長い間趣味の蕎麦打ちが昂じて・・
そば処「歳一六」の大将に!
                        
              



     こだわりの大将が作られました 







                       とっても美味しいお蕎麦
        (鴨サラダ、蕎麦豆腐、生麩揚げ物、天麩羅七種、アイスクリーム付き)

蕎麦こそ日本独自の食材かしらと思いきや、
中央アジアの原産で古代日本へ渡来したそうですネ。
原産地では今どの様にして食べられているのかしら?
そばがき? クレープ風? 日本のそばきり? まさか、ざるそばにして粋につけ汁を
チョットだけつけて頂いているのかしら?

蕎麦は気紛れ、それだけ魅力があるのかも。
潔い男性的な蕎麦は「歳一六」の大将そのものです。
こだわりの そば処「歳一六」 さん。
\(^-^)/