「茨木のり子」
残念ながらお目にかかった事も、勿論、お話した事もございません。
2006年79歳で、お亡くなりになった高名な詩人です。
生前「自分の感受性くらい」 「汲む」 「花の名」等、何冊かの詩集を出され特に、
晩年に発表された「倚りかからず」は、詩集として珍しく、ベストセラーになったそうです。
数年前、童話作家で、随筆家の「R.K先生」からのご縁で読み始め、それからのファンです。
お名前がインプットされているせいか、新聞紙面でも、茨木のり子さんの詩を通して、
批評されているコラムをよく見かけます。
ふと、思い出し 後藤正治著「清冽」を読み直しました。
作品だけでなく、詩人「茨木のり子」の生涯に亘っての生き方を綴った本です。
生まれながらの品格と、素朴な正義感を持ち、背筋をピンと伸ばして、生き通された
詩人の生活振りに、又々、引き込まれ一気に読んでしまいました。
見事な生き方は別として、幼少から女学校、そして「歳月」に収録されている「一人のひと」
三浦安信さんと、結婚なさるまでの間、縁の深かった「吉良吉田」は陶の庵の実家でもあります。
終戦直前に、小さな真っ黒なタドン玉?みたいに生まれた陶の庵と、3~4年間は同じ
田舎の空気を吸ってみえたようです。
又、50数年前に通った吉田小学校では、お父上が校医をしてみえ、今でもその宮崎先生は
朧げに思い出すことが出来ます。田舎には珍しいとても大柄で、モダンな先生でしたし、
医院もその当時からハイカラな白い建物?だった様に記憶しています。
その空間だけ、子供心に都会的な、華やかな感じだった事は覚えています。
アー あの宮崎先生の、あの宮崎医院のお嬢様だったの・・・ 納得できますね。
(現在は甥の三代目の先生ですが、やはり、都会的な斬新な医院です)
そんな想いで、高名な雲の上の詩人でなく、その当時を思い浮かべながら、
読んでいくととても、身近に感じます。
「鎮魂歌」に収録されている「花の名」 長編ですが 最後の言葉。
味噌くさくはなかったから上味噌であった仏教徒
吉良のチエホフよ
さようなら
田舎医者をまっとうされ「赤ひげ先生」であられた、お父上の事を愛情を込めて書かれています。
陶の庵の原風景を思い出しました。
死後発表された「歳月」の中の 「一人のひと」 胸が一杯になりました。
ひとりの男(ひと)を通して
たくさんの異性に逢いました
男のやさしさも こわさも
弱々しさも 強さも
だめさ加減や ずるさも
育ててくれた厳しい先生も
かわいい幼児も
美しさも
信じられないポカでさえ
見せるともなく全部見せて下さいました
二十五年間
見るともなく全部見てきました
なんて豊かなことだったでしょう
たくさんの男(ひと)を知りながら
ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに
「R.K先生」
男のやさしさも こわさも
弱々しさも 強さも
だめさ加減や ずるさも
育ててくれた厳しい先生も
かわいい幼児も
美しさも
信じられないポカでさえ
見せるともなく全部見せて下さいました
二十五年間
見るともなく全部見てきました
なんて豊かなことだったでしょう
たくさんの男(ひと)を知りながら
ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに
「R.K先生」
童話作家であり、随筆家でもある先生です。
「茨木のり子」さんのファンにもさせていただいた方です。
この先生とは時々お目にかかり、お話をうかがう機会もありますし、今回も、
ある詩人の会の講師としてお話されるのを、聞かせていただきました。
何時もながら上品な物腰と、物静かな中に凛とした佇まい、陶の庵の敬愛し尊敬する女性です。
今回のテーマ「人間の核になるもの」
動物の中で唯一与えられた言葉。とてもよいお話でした。
クニャクニャで核の無い陶の庵、近々、お会いした折に、コッソリ爪の垢を頂戴し
煎じて戴く事に致しましょう。
「茨木のり子」さんと「R.K先生」
共に日常の生活風景を、品格のある美しくわかりやすい言葉で表現されています。
「素敵なお二人」






