2012年5月23日水曜日

素敵なお二人

「茨木のり子」

残念ながらお目にかかった事も、勿論、お話した事もございません。
2006年79歳で、お亡くなりになった高名な詩人です。
生前「自分の感受性くらい」 「汲む」 「花の名」等、何冊かの詩集を出され特に、
晩年に発表された「倚りかからず」は、詩集として珍しく、ベストセラーになったそうです。
数年前、童話作家で、随筆家の「R.K先生」からのご縁で読み始め、それからのファンです。
お名前がインプットされているせいか、新聞紙面でも、茨木のり子さんの詩を通して、
批評されているコラムをよく見かけます。

ふと、思い出し 後藤正治著「清冽」を読み直しました。
作品だけでなく、詩人「茨木のり子」の生涯に亘っての生き方を綴った本です。
生まれながらの品格と、素朴な正義感を持ち、背筋をピンと伸ばして、生き通された
詩人の生活振りに、又々、引き込まれ一気に読んでしまいました。

見事な生き方は別として、幼少から女学校、そして「歳月」に収録されている「一人のひと」
三浦安信さんと、結婚なさるまでの間、縁の深かった「吉良吉田」は陶の庵の実家でもあります。
終戦直前に、小さな真っ黒なタドン玉?みたいに生まれた陶の庵と、3~4年間は同じ
田舎の空気を吸ってみえたようです。
又、50数年前に通った吉田小学校では、お父上が校医をしてみえ、今でもその宮崎先生は
朧げに思い出すことが出来ます。田舎には珍しいとても大柄で、モダンな先生でしたし、
医院もその当時からハイカラな白い建物?だった様に記憶しています。
その空間だけ、子供心に都会的な、華やかな感じだった事は覚えています。
アー あの宮崎先生の、あの宮崎医院のお嬢様だったの・・・ 納得できますね。
(現在は甥の三代目の先生ですが、やはり、都会的な斬新な医院です)

そんな想いで、高名な雲の上の詩人でなく、その当時を思い浮かべながら、
読んでいくととても、身近に感じます。

「鎮魂歌」に収録されている「花の名」 長編ですが 最後の言葉。

           味噌くさくはなかったから上味噌であった仏教徒
           吉良のチエホフよ
           さようなら 
                      
田舎医者をまっとうされ「赤ひげ先生」であられた、お父上の事を愛情を込めて書かれています。
陶の庵の原風景を思い出しました。

 死後発表された「歳月」の中の 「一人のひと」 胸が一杯になりました。

           ひとりの男(ひと)を通して
           たくさんの異性に逢いました
           男のやさしさも こわさも
           弱々しさも 強さも
           だめさ加減や ずるさも
           育ててくれた厳しい先生も
           かわいい幼児も
           美しさも
           信じられないポカでさえ
           見せるともなく全部見せて下さいました
           二十五年間
           見るともなく全部見てきました
           なんて豊かなことだったでしょう
           たくさんの男(ひと)を知りながら
           ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに

「R.K先生」
童話作家であり、随筆家でもある先生です。
「茨木のり子」さんのファンにもさせていただいた方です。
この先生とは時々お目にかかり、お話をうかがう機会もありますし、今回も、
ある詩人の会の講師としてお話されるのを、聞かせていただきました。
何時もながら上品な物腰と、物静かな中に凛とした佇まい、陶の庵の敬愛し尊敬する女性です。

今回のテーマ「人間の核になるもの」
動物の中で唯一与えられた言葉。とてもよいお話でした。
クニャクニャで核の無い陶の庵、近々、お会いした折に、コッソリ爪の垢を頂戴し
煎じて戴く事に致しましょう。

「茨木のり子」さんと「R.K先生」
共に日常の生活風景を、品格のある美しくわかりやすい言葉で表現されています。
 「素敵なお二人」

2012年5月15日火曜日

「道安風炉」

立夏の頃、炉を閉じ、風炉を据え、障子戸も葦戸に・・
早々と、季節の一区切りとして、初夏の設えにいたしました。

炉から風炉に、替わった当座「初風炉」といい、
茶席や道具の取り合わせにも、爽やかさを心がけます。

利休さんが、炉の点前を創作される迄は、四季すべて風炉を用いていたそうです。
風炉の種類として、土風炉、唐銅風炉、鉄風炉、その他として陶磁器風炉があり、
陶の庵で使っているのは、家人作ですので、陶器の「道安風炉」を使います。

 道安風炉

緑が鮮やかな「初風炉」の頃、特に席中の風炉の火窓から、前土器を通して、
灰の白、炭の黒、燃える火の赤い色が、緑との対照でとても美しく見えます。

それでは、火相、湯相共に整いましたので、
お濃茶を練ることにいたしましょう。
その時忘れていけないのは、お茶を練る前、釜に水を一杓入れること。
昨年採れたお茶で気が弱っている? とかで、
湯相を整える為に、必ず水を一杓入れます。

丁度、八十八夜を過ぎた今の時期、隣町のN市は、
日本有数の抹茶の生産地。 今は茶摘の最盛期です。
その摘み取られた茶葉が、月日をかけて加工され、
茶人が、一年間、大事に使わせていただくわけですネ。

美味しいお濃茶にはやはり、美味しい主菓子!


切り込みのある、白い器に盛ったのは、
 季節の花、ういろう製の花菖蒲です。

それでは、ご一緒に頂戴いたしましょう・・

2012年5月8日火曜日

つくばい 「吾唯知足」

山も里も、一面の桜色に染まった四月も去り、五月は色で言えば緑。
柔らかい若草色からまぶしく光る緑、そして、所々群青色に日毎移り変わる美しい五月。

そんな爽やかな一日、心待ちにしていた四方会です。
今回の当番は、我が苫屋とは大違い、ご立派な数奇屋つくりのAさん宅です。

Hさんがお正客様で、初めてのお客様お二人と共に席入り。

「吾唯知足」のつくばい

「知足」・・「足るを知る」
ちょっと、禅語をひも解いてみました。
難しい解釈が書いてありました。

「懺悔文」
我昔所造諸悪業
皆由無始貧瞋癡
従身語意之所生
一切我今皆懺悔

七言四句の偈文の中に、大切な心構えがあるそうです。
「貪欲退治、餓鬼道離脱の為には知足」
「苦悩を脱せんと欲せば、知足を観ずべし」
「知足は第一の富なり」・・・

ものぐさ陶の庵ですが、一応仏教徒ですので、毎朝夕ご仏前で読経いたします。
それも最初に「懺悔文」を唱えてから読経するのを、もう何十年も続けていますのに!
知りませんでした~ 意味も解からずに~ なさけない~ 

利休居士の教えや、松平不昧公も言ってみえた・・
 「茶道は足ることを知らせる為の作なり」

諸々、意味深い「吾唯知足」のつくばいで心身を清めて・・・席入り。

初炭、懐石、唐物、濃茶、薄茶・・と其々の分担で
勉強させていただき有難うございました。

今日のお楽しみはもう一つ。


Kさんの笙の演奏
80歳になられるそうですが、矍鑠とした素敵な男性です。
17本の竹管の吸口より、息を吸ったり吐いたりで、
ゆったりと響く厳かな音色♪♪

日本古来の伝統芸能・・いいですね~

今日の四方会も、心に沢山のビタミンを補給させていただきました。
しみじみと日本人に生まれて良かった (*´ー`)

2012年5月1日火曜日

庭の花

「薫風南より来る」   ぴったりの季節。
爽やかな日々が続き一坪花壇も、大分賑やかになってまいりました。

「海芋」  素敵な純白

 
「スティロディスカス」  華やかな黄色
暗くなると花びらが外側にクルッと回り、
朝、明るくなるとピンと元気になります。

「壷珊瑚」  可愛い珊瑚色
花は壷形、全体も珊瑚そっくり、
葉っぱはハート形です。

過日、木瓜の花と、白い可憐な花をつけた鳴子ゆりを
挿してみましたが、とっても相性が良かったですね。
固かった蕾も間もなく綻びる芍薬、桔梗、うつむきがちに咲く苧環、
都わすれ、紅色の小花をぎっしりつける京鹿の子・・

冬の間忘れていても、その季節が来ると、
ちゃんとそこに咲いてくれる。
そんな花木や草花・・愛おしい!      


暫しお別れの椿は、丈夫な木で、花も葉も美しく、春を招くおめでたい花。
炉の季節、長い間茶花とし注目され、又、二月堂のお水取りや、
薬師寺の花祭りでは、造花になったりで大活躍してくれましたネ。
本当にお疲れ様でございました。
(^人^)♪