2014年5月24日土曜日

「御幸籠」と「振出し」

五月も下旬になってきますと、樹々も同じ緑でも春先の萌黄色から
柳色、薄青、緑、緑青・・・と微妙に色が変化してまいります。

緑滴る爽やかな気持ちの良い五月の景色を楽しみながら、
ちょっと友人とお出掛けの折など、持って行くと便利なのが「御幸籠」です。

携帯用のお茶を点てる為の道具ですので、子供の喜びそうなおもちゃの様な小形の
お道具一式で、お茶碗二碗、棗、茶巾が籠の中に、竹筒には茶杓と茶筅が入っています。


そんな気楽な一服のお菓子は生菓子ではなく干菓子、
それもとても可愛らしい金平糖を持っていくことが多いですね。
その金平糖を入れる菓子器を「振出し」と言います、
使う時には振って金平糖を出すのでなく、回しながら回し出しにいたします。
それなのに「振出し」?
お目出度い言葉と言われる「打ち出の小槌を振る」になぞらえて
「振出し」とされたとの事ですが・・・


爽やかな気持ちの良い五月晴れからまもなく梅雨の季節が訪れます。
雨は大地にとっては恵みですが続きますとうっとうしいかも??

青空の下つかの間の野点を楽しむ事にいたしましょう♪♪



2014年5月17日土曜日

懐紙

お茶席では小菊紙ともいいますが扇子、服紗と共に必需品の懐紙です。
お菓子を取り分けたり、薄茶の時には頂いた飲み口を指でぬぐい、
その指を懐紙で清めたり、濃茶では茶碗の飲み口を直接清めるのも懐紙です。

懐紙には透かし模様の入ったものや、季節毎に可愛らしい絵模様の入ったもの等
色々ありますが、やはりお茶席にはシンプルで真っ白な懐紙が一番似合うと思います。
お席でお亭主お心入れのお菓子を取り分けて頂く時でも、どんな色や形でも
シンプルで真っ白な懐紙の上なら、邪魔をしないでお菓子が引き立ちますものね。

その懐紙は和紙が二つ折りになって30枚入ってこれを一帖といい、
一帖を五つ束ねたものを一束と数えています。
二帖を重ねて熨斗紙をかけたり、袋に入れておいた物を用意し、
手元において置くとお手頃でちょっと気の利いたお返しにもなります。


大きさは男性用では少し大きめの懐紙もありますが、14.5㌢×17.5㌢位の物を
一帖づつ懐中して普通使っています。
使います時にはワを手前にして普通一枚、水分の多い時には二枚ほど
下の方から上に重ねて使います。そうすれば常に新しいお懐紙が使えます。


又、お出掛けの折にもティシュペーパーやハンカチは勿論入れておきますが、
もう一つ懐紙を入れておきますと和、洋菓子でもお菓子以外の物でも、
ちょっと取り分けて頂いたり、口を拭いたり手を拭いたりとても重宝です。

そして一度はしてみたいと密かに憧れているものの一つは、
何かの折に懐中しておいた懐紙を取り出しサラサラと一首書く・・・
雅な古人のようで格好いいでしょう??

残念ながら夢のまた夢に終わりそうですが・・・




2014年5月10日土曜日

「長谷寺」から「室生寺」へ

「長谷寺」

長谷駅というからには真ん前とはいわなくても程々の距離かしら・・・
と思いきや以前もそうでしたが門前迄遠かったですね。
やっと仁王門を潜り、両側に牡丹の花に彩られた龍の背中のような399段の「登廊」の
石段を登った所が、ご本尊「十一面観音様」が祀られている本堂です。

仁王門

屋根つきの登廊


一服の清涼剤 牡丹の花

登廊の中廊に百人一首の中の紀貫之が詠んだ一首があります。

「人はいさ 心もしらず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほいける」

紀貫之も度々京都から泊りがけで参詣されたそうです。

奈良時代に創建されてから何回となく焼失され、その度毎に再建され
現在の本堂は徳川家光の寄進によって再建されたそうです。
奥深い山岳に何回も再建された「長谷寺」、
人々の祈りは目に見えない神聖で偉大な力があるんですね。
千年の間人々が祈り修行に励む僧の「花の御寺」
「長谷寺」でした。


「室生寺」

長谷寺駅から再び大阪線に乗り室生口大野駅で下車し、
生憎バスが出た後でしたので、四人の相乗りタクシーで「室生寺」入り口迄。
室生川に架かっている鮮やかな朱色の「太鼓橋」を渡ると、女人禁制だった高野山に対し、
女性も参詣が許された為、江戸の頃より「女人高野」と言われた「室生寺」です。

典型的な山岳寺院で、傾斜地を手を加えないでそのまま利用されたそうで、
どちらへ行くにも石段を駆け上がらないと行けない所に伽藍が点在しています。

自然石が積み上げられた急所を「鎧坂(よろいさか)」と言うそうですが、
ピッタリのきついきつい坂です。その坂を上がると「金堂」、
更に階段を登った所が、ご本尊「釈迦如来様」が祀られている「本堂」、
更に登ると「五重塔」、更に最後の急坂400段の階段を登りきった閑寂な所が、
ようやくたどり着いた「奥の院」です。
思わず「バンザーイ」と両手を挙げてしまいました。

仁王門

これから先階段ばかり

金堂

日本古来の檜皮葺の美しい本堂の屋根

台風7号(1998年)で大きな被害を受けましたが、
2年後に美しく修復された屋外では最小の五重塔

奥の院へのきつい階段

和まされた石楠花

女人高野と言われているにしてはきつい階段を、
自分のペースを守りながら黙々と一段一段階段を登って行く。
その両側には樹齢何百年といわれる杉の巨木が立ち並び、
所々に薄紅色の上品な石楠花が点在し、
何か神聖な異空間に紛れ込んだような、歴史を感じる辺りの風景です。

「西行庵」と「金峯山寺」、そして「長谷寺」から「室生寺」へ。
二日間とも年齢以上?以下?のきつい行程でしたが、
何か目に見えないお力が後押ししてくださり、
神秘的な大自然の中を穏やかな日和に恵まれ参詣させていただき、
身も心も洗われる想いがいたしました。

張り切りすぎてちょっと疲れてしまいましたが、
古都奈良の「山寺の旅」感謝の一言でございました。


2014年5月3日土曜日

「西行庵」と「金峯山寺」

近鉄吉野線で吉野口、吉野神宮を通り過ぎ終点「吉野駅」そこが吉野の下千本口です。
そこから行きは「七曲り」と呼ばれるつづら折りの坂をバスに乗り奥千本で降り、
サーそこからは以前から行ってみたかった「西行庵」までは、
鶯の声を聞きながら山道を歩く、歩く、歩く。
吉野と聞くと吉野の山桜を想像しますが、それは一部で殆ど杉や檜や槙の木に
囲まれている美しい山だったんですね。


覚悟はしていましたが予想以上に奥深く、細くて険しい山道を登った所に庵はあり、
再現されたとはいえ周りの風景に溶け込んでいた「西行庵」でした。


出家して間もない25歳頃3年間住んでいたといわれ、今でも物見遊山の花見客の
私達とは根本的に異なるとはいえ、その時代には不便で冬は寒かろうと思われる
僻地に、西行法師は決断してこの地に腰を下ろされた・・・
どんな想いだったんでしょうか?

「花をみし 昔の心 あらためて
    吉野の里に すまむとぞ思ふ」


「西行庵」までとても疲れましたが、山々の美しい
景観に和まされて、かねてからの願いが達成できました。


「金峯山寺」

白鳳年間(7世紀後半)にお堂を建てて祀られ、現在の建物は
安土・桃山時代に再現され、東大寺の大仏殿に継ぐ大きい木造建築だそうです。


深い山奥に堂々とした威容の中の優雅な姿に思わず「ほぉ~」と声が出ました。

ご本尊様の三体は釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩が権現様のお姿になり、
過去、現在、未来の三世に亘って人々を救済して下さっているそうです。
とてつもない大きさといい色彩の異様さといい忘れがたいご本尊様です。

吉野駅まで歩いて帰る途中、本場吉野の葛きり
とても美味しゅうございました。


満開の桜も散り始め青葉交じりの山桜でしたが、静かに一片一片舞い降りる姿も
又、風情があり穏やかな吉野の一日を楽しみました。

明日は長谷寺から室生寺へ行く予定です。