2014年6月28日土曜日

「風帯」と「露」

掛軸の上(天)からぶら下がっている、二本の帯状の裂を「風帯」と言います。


掛軸は中国から伝わってきたもので「風帯」のことを中国では燕が驚く、驚燕(きょうえん)と
言っていたそうです・・・と言うのは昔、中国では掛軸を屋外で鑑賞する風習があり、
この時、燕が鑑賞の邪魔をしたり、掛軸に排泄物をして汚したりすることがあったそうで、
燕が垂れ下がった細長い紙に驚き、追い払う為につけたという説がありますが・・・・?

その掛軸が日本に伝わった鎌倉時代では、屋外どころか屋内の一番大切な場所に
掛けられるようになった為、日本独自の美意識で装飾し、掛軸を鑑賞する際の、
大切な部分として残ったのが風になびく帯・・・「風帯」です。
目に見えない「風」の気配を感じる日本人の美意識、素晴らしいですね!!

その「風帯」にも下げ風帯(上記)、貼り風帯、筋風帯がありますが、
下げ風帯の先っぽの方に、よく見ないと気がつかないような
小さな白い房が付いています。その房のことを「露(つゆ)」と言い又、
陶の庵は見たことがありませんが、カラフルな色の付いた房もあるそうで、
その房を花(はな)と呼んでいるそうです。
ぴったりの可愛らしい名前ですね。


掛軸の表具には真、行、草があり真の中にも又、真、行、草があり
行の中にも真、行、草がありますが、草の中には真はなく行、草があるそうです。

私達お茶の方では床の間に飾る掛軸は掛物と言っていますが、
茶人の書画や禅僧の墨蹟、大徳寺物等の掛物は草の表具だそうです。

茶席での掛物は道具の取り合わせの中心となり、想いを掛物で
表現する大切な道具の一つです。

速いもので一年の前半も過ぎ去り後半に入りかかっています。
今年も文月の掛物は「清流無間断(せいりゅうかんだんなし)」を
掛けようと思っています。


                   清流無間断   清流間断無く
碧樹不曾凋   碧樹不曾て凋まず

禅の修行者が愛読されているという「禅林句集」に、対句として採録されており
「清らかな流れがコンコンと流れて絶え間なく、
松や椿などの常盤木はいつも青々としていてしぼむことがない」と、
解説してあり、何かを求める心を持ち続け努力をする事の大切さかしら?
難しいことは解りませんが心が洗われる感じがいたします。

滞りがちの日常生活ですが、茶席にいる一時だけでも
清流に身をおきたいものと思っていますが・・・

2014年6月21日土曜日

「・・・そろそろ色づいてまいりました」

ナス、キュウリ、トマト、シシトウ、ピーマン、サラダ菜、青ジソ・・・
それぞれ二株づつ一坪菜園で大切?に育てています。
ナス、キュウリは既に二個づつ収穫し、朝採りのパリパリのまま
糠漬けにしていただきました。美味しかったですね♪♪
遅れてトマトもそろそろ色づいてまいりました。


今日採るか明日にしようか迷っているところですが、完熟の真赤なトマトを
青ジソとサラダ菜の緑のうえにあしらったフレッシュサラダ楽しみ!

「・・・そろそろ色づいてまいりました」で思い出すのは、陶の庵の故郷「吉良吉田」で、
子供時代を過ごされた高名な詩人、茨木のり子さんの「笑う能力」の詩。
一節、三節、五節が好きですね。

          笑う能力

     「先生 お元気ですか
     我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」
     他家の姉が色づいたところで知ったことか
     手紙を受けとった教授は
     柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか
     
     着飾った夫人たちの集うレストランの一角
     ウェーターがうやうやしくデザートの説明
     「洋梨のババロワでございます」
     「なに 洋梨のババア?」

     言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま
     いとおかしくて
     深夜 ひとり声をたてて笑えば
     われながら鬼気迫るものあり
     ひやりとするのだがそんな時
     もう一人の私が耳もとで囁く
     「よろしい
     お前にはまだ笑う能力が残っている
     乏しい能力のひとつとして
     いまわのきわまで保つように」
     はィ 出来ますれば

     気がつけばいつのまにか
     我が膝までわらうようになっていた

字を書き間違えたり、ロが抜けて聞こえてしまったり・・・
ユーモアのある気取らないやさしい言葉で書かれた「笑い」
おもしろいから「笑う」のでなく笑う能力があるから「笑える」
ウーン「笑う」「笑える」とは人間だけに与えられた能力ですよね。
(Oさん宅の愛犬は笑うそうですよ。ネ)

現実的な笑いの効用の一つに「つくり笑い」でも、がん細胞をやっつけてくれる
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が増えるそうですし又、「大笑い」すれば
脳内モルヒネに似たエンドルフィンという物質が分泌されるため、
鎮痛作用やうつ病にも効果あり・・・

大事な大切な「笑う能力」、いまわのきわまで低下させませんように。

笑う門には福来る (*´ー`)





2014年6月14日土曜日

荒木経惟往生写集ー顔・空景・道

アラーキーの愛称で親しまれ、過激な写真家と言われている、
荒木経惟(あらきのぶよし)さんの「往生写集」展を観てまいりました。


豊田市にあります豊田美術館で開催されていますが実は、
数年前までアラーキーさんの名前も知りませんでしたし、
勿論写真は一枚も見たことがありませんでした。

それが、四年位前の新聞に「視線」というテーマで、一枚の猫の
スナップ写真が掲載されていました。オイルヒーターの横の布団の上に、
よれよれのぺったんこの体なのに、目だけを大きく見開き、
混じりけのない黒目でじーっと見つめているスナップ写真!!
とても衝撃を受けスクラップしておきました。


その忘れられない印象的な猫チロちゃんの、最後の日々を
記録した写真を撮ったのがアラーキーさんだったのです。

妻陽子さんの実家で生まれたチロちゃんが、アラーキーさん宅にやってきたのは
1988年3月、その後奥様はお亡くなりになり、20年間をパートナーのアラーキーさんと
共に生き、4年前に22歳で看取られ亡くなった「愛しのチロちゃん」

スナップ写真を見た当時は、陶の庵家の愛犬ゴンちゃんも、老体ながら気持ちだけは
まだまだ若い者には負けられない・・・と思っていたのではないでしょうか?
その後、体調は余り良くはなかったんですがまさか、亡くなるとは思っていなかった早朝、
ヨロヨロ歩く度にころんでしまい、どうしてころんでしまうの??・・・という目で
見つめた目が、チロちゃんの目と重なってしまい印象に残っています。
頑張ってくれましたが、18歳になる直前に天寿を全うしてしまったゴンちゃん。
早いもので7月28日で2年になります。

アラーキーさんは早くに奥様を亡くされ、その後20年間最愛のパートナーとして
生活したチロちゃんも亡くなり、ご自身も癌で体調をくずされたり又、
東日本大震災等過酷な体験からのテーマ「愛と死」 死への意識によって、
輝く生の瞬間をエネルギッシュに表現された、膨大な作品の
「往生写集」展。アラーキーさんの造語だそうですが、
人生を振り返り、再確認しながら前進なさる姿に圧倒されました。

先日の新聞には、天才アラーキーも今は、禁酒禁煙、夜の街も控えて、
ラジオ体操の日々・・・と書かれていましたが、まだまだ74歳
どうぞご自愛なさり、ますますのご活躍を!





2014年6月7日土曜日

水無月 「打ち水」

水無月といえば梅雨、梅雨の時季を水無月というのもちょっとしっくりいたしませんが、
先日、東海地方も梅雨入りしたとみられると発表されました。
北海道と小笠原諸島を除く日本中一ヶ月位続くジメジメ、シトシトの梅雨、
その疎ましい梅雨も「夏の水がめ」を満たしてくれる大事な役目を担っています。

茶道も茶の湯といわれるように、水は無くてはならないものです。
お点前では勿論ですが、お点前以外でもお茶事の時など、亭主は案内の時間の
10分から15分前には、玄関から露地を掃き清めてたっぷりと「打ち水」をしておきます。


宗心宗匠がお書きになった「宗心茶話」の中にも「殊に炉から風炉の季節になると、
五月、六月・・・・・・と、庭でも、露地でも水をいっぱい、もう俄雨のあとぐらいに
撒けといいますから、水の醸し出す風情をせいいっぱい愉しもうというけいこうはありますね。
朝茶の時なんか、ふんだんに水を浴びた木の葉の上の露に朝の光が差してくるなど、
夏でないと味わえない気持ちよさでございますね。・・・」とお書きになってみえます。

「打ち水」は「お待ちいたしておりました。
準備も整っておりますのでどうぞ、お入り下さい。」
の無言の合図です。
お客様も入り口に水が打たれているのを見届けてから玄関を入っていきます。
無言の合図と共に亭主の誠意のあらわれが「打ち水」ですね。

日常生活でもお客様をお招きする時に、玄関先や道に水を撒いておくと、
清々しい気持ちで迎えられますし、
夏など「打ち水」をするだけで2℃は温度が下がるそうですよ。

しかし、今や高層住宅や冷暖房設備のない家はなく、窓を閉めて生活する人が
多くなりましたので「打ち水」の恩恵もなくなってしまいましたが、
玄関先だけでも「打ち水」はとても気持ちの良いものです。

こんな心配りも細やかな「おもてなし」ではないでしょうか・・・?
  

2014年6月1日日曜日

「衣更え」と「設い」

季節によって衣服を替える「衣更え」の風習は平安時代からあったそうです。
江戸時代になりますと幕府が決まりを作り、旧暦の四月一日には綿入れを脱いで袷の小袖、
五月から単衣の帷子、九月一日からは再び袷の小袖、そして九月九日から又綿入れ・・・と
庶民は年四回衣更えをし武士は二回と決められていました。

現在の新暦の六月一日と十月一日を、衣更えと決められたのは明治になってからで、
今では余り厳密ではありませんが、それでも学生服が冬服から夏服へ、
夏服から冬服へ一斉に替える学校も少なくありません。
冬服から夏服へ替わるこの時季、すがすがしい白さが眩しく感じます。

和服は今でも季節によってきっちりと決まりがあります。
十月から五月は袷、六月は単衣、七、八月は薄物、九月は単衣・・・となって
一年間季節に合わせて身に付けています。
処が、近年地球温暖化の影響か、五月になりますと単衣に、六月に入れば
早々に絽とか紗の薄物に替え、九月と十月は又、単衣になり
十一月頃からは袷を着る事にしています。
決まり事より気候に合わせた「着心地」を大事にする人が増えてまいりました。
袷から単衣、単衣から薄物に替わる時等、身にまとった時の着物の軽やかさや、
又、単衣から袷になった時のずっしりと包み込んでくれる暖かさ等、
着物は肌身で四季が感じられます。

又、着物と同じく部屋の「設い」も夏模様に替ります。
お茶の方では六月を待たずに五月の初風炉の時季になりますと、
障子も夏障子といわれる葦戸や簾にしたり、畳も炉畳から丸畳へ、
衣環境から住環境迄全て涼しげな夏模様に替え、
風情を楽しみ気分も一新いたします。



春、夏、秋、冬と四季を大切にした日本人の風習や習わしを大切にし、
心豊かに過ごしたいと思います・・・が、
年に二回の模様替えも気持ちだけではおぼつかなくなり、
ちと、しんどくなってまいりました。(;´-`)