2011年3月29日火曜日

権兵ヱー その後

昨年12月4日脳梗塞で倒れてから早4ヶ月、目覚しい回復をし後遺症で腰がふらつく以外は、
前の体調に戻りつつあり穏やかな日々を過ごしている権兵ヱー。
以前にも増して家人や陶の庵の後ろを腰をふらつかせながらくっつき回っています。
陶房、庭、家(1部分を除いて)の中、全て権兵ヱーの自由気儘・・大きな犬小屋です。
でも確実に老いの兆候は見られますネ。 まず寝ている時間の長ーいこと、食欲はありますので
食べている以外は寝てるかな? そして白内障、片方のお目々は真っ白・・ よくつまずいています。それから聴覚も臭覚も・・ なんだか陶の庵の近未来を写している様子。
16歳と7ヶ月 長い年月共に暮らし「笑いと癒し」を振りまいてくれる権兵ヱー。
必ず訪れる「最後の時」まで穏やかに1日1日を過ごさせたい。老々介護でネ (*^-^)
 
 

僕この頃寝て食べてウンコする
だけみたい(/o\*)
それでも陶の庵はとっても僕が
可愛いって!
でも病気の僕を置いて家を出られ
ないのがストレスみたい??

2011年3月22日火曜日

小さな夜の朗読会

隣街の知人が隔月に催している白竹パーティ「弥生のつどい」 
今回は ”茨木のり子さんと詩と言葉” とっても魅力的な童話作家の小林玲子先生のご指導なさっている朗読会なので楽しみに出掛けました。
今回の詩人、茨木のり子さんはお父様が昔、昔、陶の庵の通っていた吉田小学校で、校医をしてみえご自身も女学校時代は吉良に住んでみえたとの事、その後程なく上京されたようです。
陶の庵同様「灯台下暗し」でご存知の方が少ないのは残念です・・
沢山の詩やエッセイ、童話、脚本等を残されていますが、乏しい読書量の中から印象深い晩年の詩を一篇。

     倚かからず    茨木のり子(1926~2006)

   もはや
   できあいの思想には倚かかりたくない
   もはや
   できあいの宗教には倚かかりたくない
   もはや
   できあいの学問には倚かかりたくない
   もはや
   いかなる権威にも倚かかりたくない
   ながく生きて
   心底学んだのはそれぐらい
   じぶんの耳目
   じぶんの足のみで立っていて
   なに不都合のことやある

   倚かかるとすれば
   それは
   椅子の背もたれだけ

この一篇だけで茨木のり子さんの来し方が解かりますネ
全くもって軽くグラグラの陶の庵に 喝!

2011年3月15日火曜日

細々と・一年過ぎましたが・・

絵日記を書き始めてから一年になりました。
つい先日迄、拙いながらカラフルな気持ちで書いていた日記が「3.11」を境に心も沈み
気持ちがモノクロになってしまいました。
今だかって経験したことがないM9.0の地震が現代文明をものの見事に破壊していきました。
けれども、ある国の人が「よく働き、忍耐強いことで知られる日本人が、困難を克服する事を望む」と激励して下さっていた様に、今こそ日本人の特性を発揮し全国民で復興を・・  顔を上げ太陽を
見て一日一日を共に生き抜いていきましょう。
そして遠からず又、拙い絵日記を書いていきたいと思います。

2011年3月12日土曜日

激震・大津波!!

2011年3月11日 PM2時46分 三陸沖を震源(M)8.8の地震。
日本で地震観測が始まって以来最大、想定外の超巨大地震を記録したそうです。
新しい情報をテレビで見るたびにすさましい被害に身が震えてしまいました。
三河湾のすぐ傍に住んでいる陶の庵は必ずおきると言われている東海沖、東南海沖地震‥
他人事ではありません。NZ地震とも関連しているとか?
自然の力の前ではちっぽけな人間ですが、自助、共助、公助で乗り越えていきたいものです!

2011年3月8日火曜日

一足早く ♪♪

啓蟄(3/6~3/20)に入り日射しも徐々に暖かくなったある日、一足早くさなぎから成虫に
脱皮した美しい翅を持つ可憐な昆虫・・蝶が陶の庵に訪れました。

             






南極大陸を除く全世界の森林、草原、高山などに分布しているとか? 
そして日本にも260種類位生育しているそうですネ。
陶の庵はアゲハチョウとモンシロチョウしか知りませんが(/o\*)
ほとんどの人が苦手としているあの青虫から見事に脱皮して美しい蝶に・・

因みに陶の庵の家の家紋は「あげはのちょう」です。

裏庭も梅にうぐいすならぬ梅にめじろ、利休忌に欠かせない菜の花、そして程なく桜の花も
ほころぶのが待たれる季節になりました。花好きな人はこれからが天国\(^^)/
色々の花(雑草)を愛でながらの庭仕事楽しみですヨー。