2013年4月27日土曜日

「春眠暁を覚えず」

「朝が暖かくなり つい寝坊してしまう・・」ではないらしいですよ。
「夜明けが早くなり、いつの間にか朝が訪れるなんてつくづく春だなー」という意味らしいです。
どちらにしても、目が覚めるとウグイスならぬ、スズメのチュンチュン チュンチュン・・・
と、いう鳴き声でエイッと掛け声を掛けて、一気に起きられる気持ちの良い日々に
なってまいりました。 サー今日も元気に一日の始まりです。

暖かく穏やかになってきますと、一坪花壇も日毎に賑やかさを増してきます。
半年間楽しませてくれた椿や梅も終わり、木瓜、利休梅、雪柳、花海棠、水仙、
恥ずかしげにうつむきかげんに咲いたクリスマスローズ等から、バトンタッチした芍薬、
壷珊瑚、都忘れ、桔梗、鳴子ゆり、卯の花、苧環、海芋、白雪草、二人静、こでまり、紫陽花、
京かのこ、紫らん、河原撫子、ホタル袋等がひしめきながら、日々背丈がのびたり、
咲き始めた花の数がふえたり、蕾がふくらんできたり、一日に何度も足を運んで眺めては
一人悦に入っています。 一年間お茶席を彩ってくれる大切な仲間のお茶花達ですものね。

その中でも四月(卯月)の花、卯の花が純白のまるで百合の花を小さくしたような、
五弁の可憐な花がこぼれるように咲き乱れています。

卯の花の におう垣根に
ほととぎす 早も来なきて
忍びねもらす 夏は来ぬ



朝の訪れが早まり陽気に包まれた季節!
草木も、花も、鳥も、虫も、人も日をあびてかがやく季節!!
陶の庵もかがやきますように・・・

2013年4月20日土曜日

「物を見つめる」

先日、画家熊谷守一さんの事が書かれた本を読みました。
1880~1977年97歳で亡くなられましたので、既に亡くなられてから36年も
経っているんですね。時々拝見するとみずみずしい作品ですので、
そんなに経っていると思いませんでした・・・

明治13年経済的には恵まれた家に生まれましたが、家庭的にはとても複雑で、
屈折した少年時代を過ごされたそうです。
美大に進学され才能もあり、画家として華やかな未来を約束されていましたが、
それもなげうって故郷に引っ込んでしまい、貧乏のどん底で生活をされました。
その後、友人に促せれて上京し、画家としての生活を再開され、晩年にかけて広く
画壇に名前が知られるようになり、私達も作品を見る機会もふえてきました。
 
写真等で拝見すると、その風貌や生活から「現代の仙人」と言われたように、
晩年の30年間は全く外出しないで、都内の敷地50坪の家と15坪の庭が世界の全てとなり、
その小さな世界に息づく小さなアリやヒキガエル、ネズミや色々の草花と共に過ごされ、
一切の世俗的なものに背を向けて暮らされました。
晩年「これ以上人が来ては困る」と言い、文化勲章の内示も辞退されたそうです。
(アーアー・・)

本にも書いてありましたが、熊谷さんは「アリは動き始める時、まずどの足から動くか?」と
いう事に興味をもち、庭にしゃがみこんで見る、地面に顔をすりつけて見る、
科学者の目でなく友達付き合いの目でアリを見る。
その観察によると、アリは左側の2本目の足から動かすそうです。
「あらゆるものを見て、見て、更にその上に見て、そうした見ている毎日の生活が、
デッサンの確かさにつながっている」と書いてありました。
そうした日常の観察が、一本の線と面に凝縮された作品になり、
私達見る者に優しさや静けさが伝わってくるんでしょうね。

又、熊谷さん自身も言って見えました。
「私は誰が相手にしてくれなくても、石ころ一つとでも暮らせます。
石ころをじっとながめているだけで、何日も何ヶ月も暮らせます。監獄に入って
いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中でこの私かもしれません」・・・
やっぱり、本当の仙人だったようです。 
 
何かを創作するという事は、じっくり物を見つめて、物を記憶する事が大切なんですね。


2013年4月13日土曜日

「花のうつろい」

桜の花で幕を開けた春。

裏庭の桜の花に百人一首を添えてみました。

満開の桜(花簪)


高砂の尾上の桜さきにけり
外山の霞立たずもあらなむ


光のどかな日(花吹雪)


久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花のちるらむ


花散らしの雨後(花の絨毯)


花さそふあらしの庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり


厳しい寒さが続き春が来ないのでは・・と心配していましたら、
突如春を通り越して初夏の陽気に、日本列島春爛漫となり、
お花見を楽しませてくれた桜も葉桜になってしまいました。
葉桜の向こうにはどんなお花が咲くのでしょうか?

2013年4月7日日曜日

コクと旨味

おさんどんにとっては「コクがあるとか旨味が充分出ている」と、
言われるのはそれはほめ言葉ですよね。
それではそのコクとは? 旨味とは?

大抵の人がよく使っている言葉ですが、コクって?と言われても一言では説明しにくいですね。
味覚には苦味、酸味、甘味、塩味、旨味の五味があります。
コクとはその五味全部を含めた濃厚な味を言うのかしら? 
旨味程具体的な風味はないような気がします。
例えば、コクの宝庫カレーライスや豚骨ラーメン、キムチ・・・複雑で濃厚な味を想像します。

それに比べ旨味は何となく繊細な味。
昆布とかつお節の旨味が香りと共にほのかに漂ってきます。それも京都の高級懐石料理店
ではかつお節ではなく、まぐろ節を使うと非常に上品なだしが出るそうです。
一度ご賞味にあずかりたいと思っています。(*´ー`)

陶の庵も時々お茶事をいたしますが、一番気を使うのはやはりメーンの煮物椀です。
蓋を開けたときにほのかにだしの香りと、爽やかな中に深い味わいがある・・ムツカシイ

昨日作りました貝柱真蒸
菜の花と桜と木の芽を添えました


そして日本料理特に懐石料理には日本酒(冷酒)が一番!
神経を程よく研ぎ澄まして、ゆっくりと 味わっていただく。おいしいですネ。

・・と言うことはやはり、日本料理にはコクより旨味のほうが大切ということかしら?
それには醤油、味噌、日本酒、味醂等が日本の伝統を支える大切な食材です。

料理も茶の湯も求めるものは同じ。

千利休の愛誦の歌

「花をのみ待つらむ人に山里の
雪間の草の春を見せばや」

華やかな美より簡素な美のなかに充足を見出す、日本人の美意識ですね。