2014年8月18日月曜日

「ありがとうございました」


朝夕涼風が立ち、秋の気配が感じられるようになりました。
五年にわたり拙い「陶の庵日記」を書いてまいりましたが、恥ずかしながら
遅かりしではございますが、今一度バージョンアップを夢見たい((*´ー`))と思い、
絵日記は暫くお休みといたしました。

長い間楽しんでいますお茶を通して日常生活を書いてまいりました
「陶の庵日記」、お読みくださいまして本当にありがとうございました。

まだまだ、厳しい残暑が続きます。どうぞ、ご自愛くださいます様・・・。

ありがとうございました。

2014年8月9日土曜日

「ご長寿ハイビスカス」

20数年夏の到来と共に楽しませてくれている「ご長寿ハイビスカス」
古くからの原種に近いオールドタイプの真赤な一重咲きです。


買い求めた時は小さな鉢で、夏中元気に咲いていた花も終り
葉が2、3枚落ちだす晩秋の頃、鉢を片手で持って土間に引越しさせていましたが、
それから年月も経ち株も大きくなり、濡れ縁の両側に置いてある自家製の鉢に
植えるようになりますと、鉢ごと移動させられなくなり植え替え時には、
枝も半分から1/3位に縮め根っこも小さくして仮の植木鉢に植え替えます。
冬中土間で管理して春彼岸が1ヶ月過ぎた頃、又自家製の植木鉢に植え戻して、
夏、秋半ば迄花を楽しむという事を数年繰り返しています。
そんな手入れですが成長の早い南国の木は強いですね。

「生命の木、知恵の木」と言われている「右近の橘、左近の桜」ではないですが、
両側にあるという事に意義がありますので、2本の内1本の芽吹きが遅かったりしますと
心配になりますが、成長が遅くても必ず時期になりますと、早朝から見事な真赤な花が開きます。
品種改良され2、3日咲き続けるという品種もお目見えしたとの事ですが、
やはり朝開き夕方には萎んでしまい又、翌朝蕾が開くという
ハイビスカス、ムクゲ、フヨウ等の「一日花」潔いですね。
「一日花」と言えども寂しさを余り感じないのは、
沢山の蕾を持ち次々と花が咲くからでしょうか?

「右近の橘、左近の桜」に肖る両側の2本のハイビスカス。
真赤な花で真夏に元気を与えてくれる大好きな花です!


※ 11号台風の被害がない事を願っています。

2014年7月26日土曜日

ゴンちゃん三回忌と川柳

七月二十八日はゴンちゃんの三回忌。
いなくなってからもう丸二年経つのね。
今でもゴンちゃんを思い出さない日はないよ。
でもね、淋しいばかりでなく時にはホットしているの。
雨が降ったり雪の降る寒い日や、体調が悪かったり、来客があったり、
又旅行に出掛けたりする、そんな時にはホッとするよ。
ゴンちゃんが居れば暑くても寒くても、正月でもお盆でも時間になれば目をギラギラさせて、
「サー散歩!」・・・帰ればご飯でしょう。
そして、旅行の時には頼んで留守番に来てもらっていたでしょう。
そんな日々だったけどゴンちゃんの顔を見れば、それが嫌だった事はなかったけど、
居なくなった今は、淋しいけれどちょっとホッとしたりするこの頃なのよ (*´ー`)
処で、ゴンちゃんは今どうしているの?
 よその人に牙をむいたり噛み付いたりしないで皆に可愛がってもらってね。

先日何気なく本屋さんで見つけたのが「シルバー川柳」
傑作ぞろいでしたがその中で一番納得したのが下記の三句。


ショックですね。立ち直るのに何日かかるでしょうか?

そうそうと相槌を打つ方が多いでしょうね~

全句納得納得と笑いながら読み終えた「シルバー川柳」でした。


2014年7月20日日曜日

空蝉(うつせみ)

セミのぬけ殻を空蝉と言いますが、セミの幼虫は地中で数年から数十年を過ごして
やっと、この世に生きて一、二週間位しか生きられない、効率の悪い一生ですよね。
なにやら儚く無常を感じますが・・・

裏庭の一本の欅にその空蝉が18個しっかりとしがみついています。その中の一つは
羽化したばかりのセミで、体全体がまだ白っぽく羽は透明で綺麗な淡緑藍色です。

源氏物語の中で忍び込んだ光源氏に気付き、空蝉の君が薄衣一枚を脱ぎ捨て逃げ去り・・・
の、かの薄衣の色はこの様な色だったのかと?思わず想像してみましたが・・



下の地面には無数の穴が開いていますが、その地面は草取りの時など固くて
根っこが抜けなく、途中で切れてしまうような、カチカチの固い地面なのに、
そんな固い地面にも小指がすっぽり入る位のまん丸のかわいらしい穴が開いています。
どんな方法で地中に、そして地上に這い上がってこられるんでしょうか?

例年ですとセミが鳴きだしたから梅雨明けも間近かしら?・・・と思いますが、
今年は既に二週間位前に、か弱い初鳴きを耳にいたしました。
まだ、今のところはセミ時雨とまではいきませんが、程なく梅雨明けとなり、
早朝からオーケストラ付きの大合唱を聴かされる日も間近い事でしょう。

そして、長い長い暑い日が続きます!
どうぞ、ご自愛下さいますよう (*´ー`)

2014年7月6日日曜日

「ビバルディ」・「チャーミング」・「ノックアウト」・・・

何か珍しいお茶花はないかしらと、出掛けました西尾市にあります「いこいの農園」。
園内を一周いたしましたが、既に裏庭で栽培しているお茶花ばかり。
以前はもっと和花がありましたが、最近は専らガーデニングや、
プランター用の色鮮やかな洋花が多くなってしまい、少し残念な気がいたします。

それではと、隣接しています薔薇園迄足をのばしました。
薔薇の最盛期は五、六月頃だそうで旬を過ぎていましたが、
それでも日本では花と言えば「桜」と言われるように、ヨーロッパでは
花の代表と言えば「薔薇」ですね。豪華な色とりどりの花が咲いていました。

その中でネーミングの気に入りましたのが
淡いピンクかかった優しいオレンジ色の花の「ビィバルディ」
小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、風の音・・・
「ビィバルディ」作曲、四季の中から「春」の躍動感あふれる
ヴァイオリンのメロディが聞こえてくるようです。



白い可愛いお花は名前の通り「チャーミング」



ロマンチックなピンクの花は「ノックアウト」
八重でも一重咲きのような可憐な姿。
いささか精彩を欠いているこの写真では、
あの方を「ノックアウト」できますでしょうかしら (*´ー`)


陶の庵は専らお茶花栽培ばかりで薔薇は一本もありませんが、
本当に種類も色も豊富ですね。

薔薇の花や香りには色々の効果があるそうで、心身をリラックスさせたり、
記憶力を高めたり又、美白や肌のハリを整えたりの美容効果も・・・

絶世の美人クレオパトラも薔薇の香油等で、国を治める疲れを癒したり、
花びら湯、花びら洗顔で美白や肌のハリを実感していたそうですよ。

それならばと・・・薔薇の花びら洗顔 心なしかツルツル肌に??
気分もクレオパトラ ♪♪



2014年6月28日土曜日

「風帯」と「露」

掛軸の上(天)からぶら下がっている、二本の帯状の裂を「風帯」と言います。


掛軸は中国から伝わってきたもので「風帯」のことを中国では燕が驚く、驚燕(きょうえん)と
言っていたそうです・・・と言うのは昔、中国では掛軸を屋外で鑑賞する風習があり、
この時、燕が鑑賞の邪魔をしたり、掛軸に排泄物をして汚したりすることがあったそうで、
燕が垂れ下がった細長い紙に驚き、追い払う為につけたという説がありますが・・・・?

その掛軸が日本に伝わった鎌倉時代では、屋外どころか屋内の一番大切な場所に
掛けられるようになった為、日本独自の美意識で装飾し、掛軸を鑑賞する際の、
大切な部分として残ったのが風になびく帯・・・「風帯」です。
目に見えない「風」の気配を感じる日本人の美意識、素晴らしいですね!!

その「風帯」にも下げ風帯(上記)、貼り風帯、筋風帯がありますが、
下げ風帯の先っぽの方に、よく見ないと気がつかないような
小さな白い房が付いています。その房のことを「露(つゆ)」と言い又、
陶の庵は見たことがありませんが、カラフルな色の付いた房もあるそうで、
その房を花(はな)と呼んでいるそうです。
ぴったりの可愛らしい名前ですね。


掛軸の表具には真、行、草があり真の中にも又、真、行、草があり
行の中にも真、行、草がありますが、草の中には真はなく行、草があるそうです。

私達お茶の方では床の間に飾る掛軸は掛物と言っていますが、
茶人の書画や禅僧の墨蹟、大徳寺物等の掛物は草の表具だそうです。

茶席での掛物は道具の取り合わせの中心となり、想いを掛物で
表現する大切な道具の一つです。

速いもので一年の前半も過ぎ去り後半に入りかかっています。
今年も文月の掛物は「清流無間断(せいりゅうかんだんなし)」を
掛けようと思っています。


                   清流無間断   清流間断無く
碧樹不曾凋   碧樹不曾て凋まず

禅の修行者が愛読されているという「禅林句集」に、対句として採録されており
「清らかな流れがコンコンと流れて絶え間なく、
松や椿などの常盤木はいつも青々としていてしぼむことがない」と、
解説してあり、何かを求める心を持ち続け努力をする事の大切さかしら?
難しいことは解りませんが心が洗われる感じがいたします。

滞りがちの日常生活ですが、茶席にいる一時だけでも
清流に身をおきたいものと思っていますが・・・

2014年6月21日土曜日

「・・・そろそろ色づいてまいりました」

ナス、キュウリ、トマト、シシトウ、ピーマン、サラダ菜、青ジソ・・・
それぞれ二株づつ一坪菜園で大切?に育てています。
ナス、キュウリは既に二個づつ収穫し、朝採りのパリパリのまま
糠漬けにしていただきました。美味しかったですね♪♪
遅れてトマトもそろそろ色づいてまいりました。


今日採るか明日にしようか迷っているところですが、完熟の真赤なトマトを
青ジソとサラダ菜の緑のうえにあしらったフレッシュサラダ楽しみ!

「・・・そろそろ色づいてまいりました」で思い出すのは、陶の庵の故郷「吉良吉田」で、
子供時代を過ごされた高名な詩人、茨木のり子さんの「笑う能力」の詩。
一節、三節、五節が好きですね。

          笑う能力

     「先生 お元気ですか
     我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」
     他家の姉が色づいたところで知ったことか
     手紙を受けとった教授は
     柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか
     
     着飾った夫人たちの集うレストランの一角
     ウェーターがうやうやしくデザートの説明
     「洋梨のババロワでございます」
     「なに 洋梨のババア?」

     言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま
     いとおかしくて
     深夜 ひとり声をたてて笑えば
     われながら鬼気迫るものあり
     ひやりとするのだがそんな時
     もう一人の私が耳もとで囁く
     「よろしい
     お前にはまだ笑う能力が残っている
     乏しい能力のひとつとして
     いまわのきわまで保つように」
     はィ 出来ますれば

     気がつけばいつのまにか
     我が膝までわらうようになっていた

字を書き間違えたり、ロが抜けて聞こえてしまったり・・・
ユーモアのある気取らないやさしい言葉で書かれた「笑い」
おもしろいから「笑う」のでなく笑う能力があるから「笑える」
ウーン「笑う」「笑える」とは人間だけに与えられた能力ですよね。
(Oさん宅の愛犬は笑うそうですよ。ネ)

現実的な笑いの効用の一つに「つくり笑い」でも、がん細胞をやっつけてくれる
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が増えるそうですし又、「大笑い」すれば
脳内モルヒネに似たエンドルフィンという物質が分泌されるため、
鎮痛作用やうつ病にも効果あり・・・

大事な大切な「笑う能力」、いまわのきわまで低下させませんように。

笑う門には福来る (*´ー`)





2014年6月14日土曜日

荒木経惟往生写集ー顔・空景・道

アラーキーの愛称で親しまれ、過激な写真家と言われている、
荒木経惟(あらきのぶよし)さんの「往生写集」展を観てまいりました。


豊田市にあります豊田美術館で開催されていますが実は、
数年前までアラーキーさんの名前も知りませんでしたし、
勿論写真は一枚も見たことがありませんでした。

それが、四年位前の新聞に「視線」というテーマで、一枚の猫の
スナップ写真が掲載されていました。オイルヒーターの横の布団の上に、
よれよれのぺったんこの体なのに、目だけを大きく見開き、
混じりけのない黒目でじーっと見つめているスナップ写真!!
とても衝撃を受けスクラップしておきました。


その忘れられない印象的な猫チロちゃんの、最後の日々を
記録した写真を撮ったのがアラーキーさんだったのです。

妻陽子さんの実家で生まれたチロちゃんが、アラーキーさん宅にやってきたのは
1988年3月、その後奥様はお亡くなりになり、20年間をパートナーのアラーキーさんと
共に生き、4年前に22歳で看取られ亡くなった「愛しのチロちゃん」

スナップ写真を見た当時は、陶の庵家の愛犬ゴンちゃんも、老体ながら気持ちだけは
まだまだ若い者には負けられない・・・と思っていたのではないでしょうか?
その後、体調は余り良くはなかったんですがまさか、亡くなるとは思っていなかった早朝、
ヨロヨロ歩く度にころんでしまい、どうしてころんでしまうの??・・・という目で
見つめた目が、チロちゃんの目と重なってしまい印象に残っています。
頑張ってくれましたが、18歳になる直前に天寿を全うしてしまったゴンちゃん。
早いもので7月28日で2年になります。

アラーキーさんは早くに奥様を亡くされ、その後20年間最愛のパートナーとして
生活したチロちゃんも亡くなり、ご自身も癌で体調をくずされたり又、
東日本大震災等過酷な体験からのテーマ「愛と死」 死への意識によって、
輝く生の瞬間をエネルギッシュに表現された、膨大な作品の
「往生写集」展。アラーキーさんの造語だそうですが、
人生を振り返り、再確認しながら前進なさる姿に圧倒されました。

先日の新聞には、天才アラーキーも今は、禁酒禁煙、夜の街も控えて、
ラジオ体操の日々・・・と書かれていましたが、まだまだ74歳
どうぞご自愛なさり、ますますのご活躍を!





2014年6月7日土曜日

水無月 「打ち水」

水無月といえば梅雨、梅雨の時季を水無月というのもちょっとしっくりいたしませんが、
先日、東海地方も梅雨入りしたとみられると発表されました。
北海道と小笠原諸島を除く日本中一ヶ月位続くジメジメ、シトシトの梅雨、
その疎ましい梅雨も「夏の水がめ」を満たしてくれる大事な役目を担っています。

茶道も茶の湯といわれるように、水は無くてはならないものです。
お点前では勿論ですが、お点前以外でもお茶事の時など、亭主は案内の時間の
10分から15分前には、玄関から露地を掃き清めてたっぷりと「打ち水」をしておきます。


宗心宗匠がお書きになった「宗心茶話」の中にも「殊に炉から風炉の季節になると、
五月、六月・・・・・・と、庭でも、露地でも水をいっぱい、もう俄雨のあとぐらいに
撒けといいますから、水の醸し出す風情をせいいっぱい愉しもうというけいこうはありますね。
朝茶の時なんか、ふんだんに水を浴びた木の葉の上の露に朝の光が差してくるなど、
夏でないと味わえない気持ちよさでございますね。・・・」とお書きになってみえます。

「打ち水」は「お待ちいたしておりました。
準備も整っておりますのでどうぞ、お入り下さい。」
の無言の合図です。
お客様も入り口に水が打たれているのを見届けてから玄関を入っていきます。
無言の合図と共に亭主の誠意のあらわれが「打ち水」ですね。

日常生活でもお客様をお招きする時に、玄関先や道に水を撒いておくと、
清々しい気持ちで迎えられますし、
夏など「打ち水」をするだけで2℃は温度が下がるそうですよ。

しかし、今や高層住宅や冷暖房設備のない家はなく、窓を閉めて生活する人が
多くなりましたので「打ち水」の恩恵もなくなってしまいましたが、
玄関先だけでも「打ち水」はとても気持ちの良いものです。

こんな心配りも細やかな「おもてなし」ではないでしょうか・・・?
  

2014年6月1日日曜日

「衣更え」と「設い」

季節によって衣服を替える「衣更え」の風習は平安時代からあったそうです。
江戸時代になりますと幕府が決まりを作り、旧暦の四月一日には綿入れを脱いで袷の小袖、
五月から単衣の帷子、九月一日からは再び袷の小袖、そして九月九日から又綿入れ・・・と
庶民は年四回衣更えをし武士は二回と決められていました。

現在の新暦の六月一日と十月一日を、衣更えと決められたのは明治になってからで、
今では余り厳密ではありませんが、それでも学生服が冬服から夏服へ、
夏服から冬服へ一斉に替える学校も少なくありません。
冬服から夏服へ替わるこの時季、すがすがしい白さが眩しく感じます。

和服は今でも季節によってきっちりと決まりがあります。
十月から五月は袷、六月は単衣、七、八月は薄物、九月は単衣・・・となって
一年間季節に合わせて身に付けています。
処が、近年地球温暖化の影響か、五月になりますと単衣に、六月に入れば
早々に絽とか紗の薄物に替え、九月と十月は又、単衣になり
十一月頃からは袷を着る事にしています。
決まり事より気候に合わせた「着心地」を大事にする人が増えてまいりました。
袷から単衣、単衣から薄物に替わる時等、身にまとった時の着物の軽やかさや、
又、単衣から袷になった時のずっしりと包み込んでくれる暖かさ等、
着物は肌身で四季が感じられます。

又、着物と同じく部屋の「設い」も夏模様に替ります。
お茶の方では六月を待たずに五月の初風炉の時季になりますと、
障子も夏障子といわれる葦戸や簾にしたり、畳も炉畳から丸畳へ、
衣環境から住環境迄全て涼しげな夏模様に替え、
風情を楽しみ気分も一新いたします。



春、夏、秋、冬と四季を大切にした日本人の風習や習わしを大切にし、
心豊かに過ごしたいと思います・・・が、
年に二回の模様替えも気持ちだけではおぼつかなくなり、
ちと、しんどくなってまいりました。(;´-`)


2014年5月24日土曜日

「御幸籠」と「振出し」

五月も下旬になってきますと、樹々も同じ緑でも春先の萌黄色から
柳色、薄青、緑、緑青・・・と微妙に色が変化してまいります。

緑滴る爽やかな気持ちの良い五月の景色を楽しみながら、
ちょっと友人とお出掛けの折など、持って行くと便利なのが「御幸籠」です。

携帯用のお茶を点てる為の道具ですので、子供の喜びそうなおもちゃの様な小形の
お道具一式で、お茶碗二碗、棗、茶巾が籠の中に、竹筒には茶杓と茶筅が入っています。


そんな気楽な一服のお菓子は生菓子ではなく干菓子、
それもとても可愛らしい金平糖を持っていくことが多いですね。
その金平糖を入れる菓子器を「振出し」と言います、
使う時には振って金平糖を出すのでなく、回しながら回し出しにいたします。
それなのに「振出し」?
お目出度い言葉と言われる「打ち出の小槌を振る」になぞらえて
「振出し」とされたとの事ですが・・・


爽やかな気持ちの良い五月晴れからまもなく梅雨の季節が訪れます。
雨は大地にとっては恵みですが続きますとうっとうしいかも??

青空の下つかの間の野点を楽しむ事にいたしましょう♪♪



2014年5月17日土曜日

懐紙

お茶席では小菊紙ともいいますが扇子、服紗と共に必需品の懐紙です。
お菓子を取り分けたり、薄茶の時には頂いた飲み口を指でぬぐい、
その指を懐紙で清めたり、濃茶では茶碗の飲み口を直接清めるのも懐紙です。

懐紙には透かし模様の入ったものや、季節毎に可愛らしい絵模様の入ったもの等
色々ありますが、やはりお茶席にはシンプルで真っ白な懐紙が一番似合うと思います。
お席でお亭主お心入れのお菓子を取り分けて頂く時でも、どんな色や形でも
シンプルで真っ白な懐紙の上なら、邪魔をしないでお菓子が引き立ちますものね。

その懐紙は和紙が二つ折りになって30枚入ってこれを一帖といい、
一帖を五つ束ねたものを一束と数えています。
二帖を重ねて熨斗紙をかけたり、袋に入れておいた物を用意し、
手元において置くとお手頃でちょっと気の利いたお返しにもなります。


大きさは男性用では少し大きめの懐紙もありますが、14.5㌢×17.5㌢位の物を
一帖づつ懐中して普通使っています。
使います時にはワを手前にして普通一枚、水分の多い時には二枚ほど
下の方から上に重ねて使います。そうすれば常に新しいお懐紙が使えます。


又、お出掛けの折にもティシュペーパーやハンカチは勿論入れておきますが、
もう一つ懐紙を入れておきますと和、洋菓子でもお菓子以外の物でも、
ちょっと取り分けて頂いたり、口を拭いたり手を拭いたりとても重宝です。

そして一度はしてみたいと密かに憧れているものの一つは、
何かの折に懐中しておいた懐紙を取り出しサラサラと一首書く・・・
雅な古人のようで格好いいでしょう??

残念ながら夢のまた夢に終わりそうですが・・・




2014年5月10日土曜日

「長谷寺」から「室生寺」へ

「長谷寺」

長谷駅というからには真ん前とはいわなくても程々の距離かしら・・・
と思いきや以前もそうでしたが門前迄遠かったですね。
やっと仁王門を潜り、両側に牡丹の花に彩られた龍の背中のような399段の「登廊」の
石段を登った所が、ご本尊「十一面観音様」が祀られている本堂です。

仁王門

屋根つきの登廊


一服の清涼剤 牡丹の花

登廊の中廊に百人一首の中の紀貫之が詠んだ一首があります。

「人はいさ 心もしらず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほいける」

紀貫之も度々京都から泊りがけで参詣されたそうです。

奈良時代に創建されてから何回となく焼失され、その度毎に再建され
現在の本堂は徳川家光の寄進によって再建されたそうです。
奥深い山岳に何回も再建された「長谷寺」、
人々の祈りは目に見えない神聖で偉大な力があるんですね。
千年の間人々が祈り修行に励む僧の「花の御寺」
「長谷寺」でした。


「室生寺」

長谷寺駅から再び大阪線に乗り室生口大野駅で下車し、
生憎バスが出た後でしたので、四人の相乗りタクシーで「室生寺」入り口迄。
室生川に架かっている鮮やかな朱色の「太鼓橋」を渡ると、女人禁制だった高野山に対し、
女性も参詣が許された為、江戸の頃より「女人高野」と言われた「室生寺」です。

典型的な山岳寺院で、傾斜地を手を加えないでそのまま利用されたそうで、
どちらへ行くにも石段を駆け上がらないと行けない所に伽藍が点在しています。

自然石が積み上げられた急所を「鎧坂(よろいさか)」と言うそうですが、
ピッタリのきついきつい坂です。その坂を上がると「金堂」、
更に階段を登った所が、ご本尊「釈迦如来様」が祀られている「本堂」、
更に登ると「五重塔」、更に最後の急坂400段の階段を登りきった閑寂な所が、
ようやくたどり着いた「奥の院」です。
思わず「バンザーイ」と両手を挙げてしまいました。

仁王門

これから先階段ばかり

金堂

日本古来の檜皮葺の美しい本堂の屋根

台風7号(1998年)で大きな被害を受けましたが、
2年後に美しく修復された屋外では最小の五重塔

奥の院へのきつい階段

和まされた石楠花

女人高野と言われているにしてはきつい階段を、
自分のペースを守りながら黙々と一段一段階段を登って行く。
その両側には樹齢何百年といわれる杉の巨木が立ち並び、
所々に薄紅色の上品な石楠花が点在し、
何か神聖な異空間に紛れ込んだような、歴史を感じる辺りの風景です。

「西行庵」と「金峯山寺」、そして「長谷寺」から「室生寺」へ。
二日間とも年齢以上?以下?のきつい行程でしたが、
何か目に見えないお力が後押ししてくださり、
神秘的な大自然の中を穏やかな日和に恵まれ参詣させていただき、
身も心も洗われる想いがいたしました。

張り切りすぎてちょっと疲れてしまいましたが、
古都奈良の「山寺の旅」感謝の一言でございました。


2014年5月3日土曜日

「西行庵」と「金峯山寺」

近鉄吉野線で吉野口、吉野神宮を通り過ぎ終点「吉野駅」そこが吉野の下千本口です。
そこから行きは「七曲り」と呼ばれるつづら折りの坂をバスに乗り奥千本で降り、
サーそこからは以前から行ってみたかった「西行庵」までは、
鶯の声を聞きながら山道を歩く、歩く、歩く。
吉野と聞くと吉野の山桜を想像しますが、それは一部で殆ど杉や檜や槙の木に
囲まれている美しい山だったんですね。


覚悟はしていましたが予想以上に奥深く、細くて険しい山道を登った所に庵はあり、
再現されたとはいえ周りの風景に溶け込んでいた「西行庵」でした。


出家して間もない25歳頃3年間住んでいたといわれ、今でも物見遊山の花見客の
私達とは根本的に異なるとはいえ、その時代には不便で冬は寒かろうと思われる
僻地に、西行法師は決断してこの地に腰を下ろされた・・・
どんな想いだったんでしょうか?

「花をみし 昔の心 あらためて
    吉野の里に すまむとぞ思ふ」


「西行庵」までとても疲れましたが、山々の美しい
景観に和まされて、かねてからの願いが達成できました。


「金峯山寺」

白鳳年間(7世紀後半)にお堂を建てて祀られ、現在の建物は
安土・桃山時代に再現され、東大寺の大仏殿に継ぐ大きい木造建築だそうです。


深い山奥に堂々とした威容の中の優雅な姿に思わず「ほぉ~」と声が出ました。

ご本尊様の三体は釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩が権現様のお姿になり、
過去、現在、未来の三世に亘って人々を救済して下さっているそうです。
とてつもない大きさといい色彩の異様さといい忘れがたいご本尊様です。

吉野駅まで歩いて帰る途中、本場吉野の葛きり
とても美味しゅうございました。


満開の桜も散り始め青葉交じりの山桜でしたが、静かに一片一片舞い降りる姿も
又、風情があり穏やかな吉野の一日を楽しみました。

明日は長谷寺から室生寺へ行く予定です。




2014年4月26日土曜日

裏庭のお茶花

「白雪草」
ひょろひょろと2~30㌢伸びた茎に、清楚な真っ白な花がひっそり咲き、
一見その名前から白雪姫のような、足のすらりと長いお姫様を連想させますが・・・
然に非ず非常に丈夫で非常に旺盛な繁殖力がある多年草です。
でも可愛らしい花がユラユラ揺れる姿は風情がありお茶花にはピッタリです。


「都忘れ」
佐渡に流された順徳院がこの花を見て、傷心を癒し都での日々を忘れた・・・
との逸話があるお花「都忘れ」
濃い紫色が年毎に淡い紫になってきたような気がします?


「鳴子百合」
鳴子(なるこ)とは長い縄に板と竹を結びつけて、沢山並べてぶら下げ、
揺らすと音がするようにした道具だそうです。
じっと見ていると成る程納得できますね。
土の中から赤い突起が出てきたと思ったら直ぐに芽を出し始め、
あっという間に花が咲いてしまいますが、葉と花を同色の緑と白で統一し、
ファッションセンス抜群でお洒落なお茶花ですね。


炉の茶花の梅、蝋梅や大活躍の椿も終わり、今は勢いよく新芽を出しています。
これからの季節、日に何度も裏庭の花壇に足を運び、風炉の茶花たち芍薬、こでまり、
卯の花、苧環、桔梗、二人静、河原撫子、京鹿の子、カラー、紫蘭、利休梅・・・
茎を伸ばしたり蕾をつけたり花を咲かせたお花を眺めては一人うっとりしています。
花壇も日毎に賑やかになってきます。

「柳は緑、花は紅」
美しい季節になってまいりました。