2012年12月30日日曜日

「ラジオ体操」と「ヨーガ」

元気の源「ラジオ体操」と「ヨーガ」

「ラジオ体操」歴は長いですネ。朝起きるとコップ1杯のお水を飲んでからサー体操!
 一、二、三、四 ・ ・ ・ ・  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・
ゴンちゃんが来てからは朝の散歩に替わり、雨の降った時だけになってしまいました。
今、ゴンちゃんがいなくなってからは又前に戻り、
  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・
最近「ラジオ体操」が再認識されていますが一生懸命しますと、
くまなく筋肉を使い、血液が隅々まで全身流れるのがわかります。
これで元気になる・・と暗示をかけて一日の始まりです♪♪

「ヨーガ」歴はT教室が出来てからですので七年かしら?
走る、投げる、泳ぐ、滑る、登る全てニガテ(*´ー`) 運動神経ゼロ!でも、ヨーガだけは別。
 遠路来て下さるインストラクターのM先生は、とってもパワフルでアクティブ。
週1回2時間を、生活全般の貴重なお話を交えながら、1歳3ヶ月の可愛い生徒から、
75歳迄巾広い老若男女の私達生徒をグイグイ引っ張って下さいます。
小さなヨガマットの上で繰広げる自分だけの世界・・・身も心も清浄にいたします。




今年最後は2人で組むヨーガ一年間の集大成です。
そして笑いの行法でヨーガ納めとなりました。

今年も無病息災?一病息災で過ごす事が出来ましたのも「健康ヨーガ」のお陰。
先生、教室の皆さん(^人^)♪ ございました。


※  先生ゴメンナサイ、もっと良いポーズがありましたのに・・・

2012年12月27日木曜日

ゴンちゃんの事

天国に逝ってしまったゴンちゃん。
18年間共に濃密に過ごしました。
手のひらに乗ってしまう小さな々赤ちゃん犬でした。
全体が茶色で鼻の周りだけ真っ黒、そんな姿を見ていたらジュリーとかチェリー、ロッキー・・
似合わないわネ。何処から見ても唐草模様が似合いそう!
そこで「権兵ヱーが種まきゃ烏がほじくる・・」のイメージで神谷権兵ヱーと命名いたしました。

今、そのゴンちゃんは裏庭のヤマザクラとソメイヨシノに抱かれて眠っています。
あの日、7/28日は朝から何か変な転び方をしたり、狭い溝に落ちたり・・・
そのうち起き上がれなくなってビックリし主治医の先生にTEL、
容態を話すとちょっと危ないから昼から直ぐに出掛けます。
バスタオルの上に横に寝かせ、暑い日でしたのでアイスノンで冷やしたり、
スポイドで水分を与えたりしていましたが11時50分眠ってしまいました。
まさか、まさか、今は夏バテでも涼しくなれば又、元気を取り戻してくれる・・と思っていました。

あれからもう5ヶ月! 寂しいですネ。色々思い出します。

じぶんの尻尾を咬んで尻尾が無くなってしまった事。
ローソクや石けん迄食べてピーピーになってしまった事。
去勢した時ジーと痛みをこらえていた姿。
散歩!と言ったときのうれしそうな顔つき。
原因不明の痛みで7泊8日の入院した事。
飼い主まで咬んだ時の牙を剥いた顔。
脳梗塞で大変だった時の事。
最後は痴呆症。やがて陶の庵の行く道??

話題には事欠かないゴンちゃんでしたネ。
今でも柱の影から飛び出てくるのでは? 外でキャンとかワンと聞いたりすると
飛んで見に行くこともあります。 空耳です・・・

桜の麓に眠っているゴンちゃん。
春には桜の化身となって綺麗な花を咲かせてね♪♪
18年間楽しませてくれたゴンちゃん。おやすみなさい。

2012年12月20日木曜日

「所作」

「身、口、意の三つのはたらきが現れること。その場に応じた身のこなし、しぐさ」と・・
「所作」を引くと辞書には書いてあります。

茶の湯の中での所作は、何より挨拶と姿勢、手つき(手なり)はとても大切な事だと思います。
正しい(省略しない)言葉使いで挨拶をする事と、背筋をまっすぐのばした姿勢での
立ち居振る舞い、そして手先の自然な動きの流れ・・・
それは日頃のお稽古の中でこそ身につくものです。

姿勢が整うと呼吸が整い、呼吸が整うと心が整ってくる。
それには、お点前に入る前に居前をきちんと決め、手順と呼吸を身につけること。
すると心が整い動作に余裕が生まれ優雅に見える・・そうです(^-^)
上達の秘訣に近道はなく、やはり基本動作の繰り返しで体が覚えることですね。

お点前でも手つき(手なり)はとても大切ですが、過日の和楽茶会でお招きいたしました
市川櫻香様の舞踊や、佐藤融様の狂言を間近で見させていただきましたが、
手つきがとても美しかったですね。手つきだけでも色々の表情がうかがえました。
「目は口ほどにものを言う」とのことわざはよく聞きますが
「手も口ほどにものを言う」 付け加えたら如何でしょうか♪♪

伝統美も様式美も一朝一夕には身に付かないですね。
地道なお稽古に日々励み、おいしいお茶を点て共にいただきましょう。

「けいこは強かれ 情識はなかれ」


2012年12月14日金曜日

「初雪」

先日の初雪にはびっくりいたしました。
12月の上旬に雪が降り、積もるのは珍しく10何年ぶりとか・・・(>_<)
朝、ラジオ体操(元気の基はラジオ体操とヨーガ)をしていましたら、
何やらモヤーと景色が翳み、白い物が降ってきました。
前日の天気予報どうり「初雪」  最近の天気予報の的中率は100%?
何かイベントがある時には、とても週間天気予報が気になります。
的中してほしい時、雨予報? どうかはずれますように・・まったく自分勝手ですよね。

寒さの募るこれからの日々、貧弱な陶の庵は寒さが直接骨身にしみり冬は苦手ですが、
先日の雪の降った日は、暖かくした部屋の中から降る雪をぼんやり見ていました。
今日の雪は「初雪」  その他にどんな雪言葉があるかしら?
白雪、細雪、粉雪、淡雪、ぼたん雪、花びら雪、べた雪、なごり雪、雪明かり・・・
繊細な言葉の表現一つで目の前に雪景色が広がります。

美しいと思う季節の日本語の中に、先程の雪明かりと淡雪が入っていましたが、
四季のある日本では柔らかく、季節感を表現する美しい日本語がありますね。
因みに1位は「夕なぎ」だそうです。ある瞬間から風がピタッとやむ・・
海岸近くに住んでいますので時々体感いたします。
2位は「新緑」 3位は「木枯らし」だそうです。

お茶のお道具の中にも雪景色を表わした「吹雪」と言う、
蓋の肩と畳付きの面が取ってある薄茶器があります。どうして吹雪と言うと、
吹雪の中を歩くと頭上も足下も定かでないことから言われています。



三河という温暖な土地に住んでいますので、時には銀世界もと思いますが、
雪国の人は雪を見るだけで気が重くなるそうですね。
長期予報では今冬はいつになく厳しい冬になるとの事。大雪の為亡くなったり、
作物も雪害を受けたり、雪崩や地すべり等の被害がない事を願うばかりです。

2012年12月7日金曜日

其の三 「大阪市立東洋陶磁美術館」と「香雪美術館」

大阪の官公庁街の中ノ島公園の一画にある「大阪市立東洋陶磁美術館」
幾度となく訪れましたが、周りの環境に溶け込んだ落ち着いた建物と、
展示品は毎回豊かな気持になります。今回は開館30周年記念企画
「国宝 飛青磁花入」と「国宝 油滴天目茶碗」のとっておきの展示でした。

飛青磁花入(元時代 14世紀)
流麗でふくよかな姿、形容しがたい美しさです。
まったりとした青磁の中に、辰砂の紅が心地よい間隔で点々とたおやかに発色し、
何度見てもうっとりいたします。畏れ多くも挿すとしたらどんな茶花が合うかしら? 
そうね、やっぱり花は無いほうがいいわ。真塗りの薄板の上にただそっと置くだけ・・・

油滴天目茶碗(南宋時代 12~13世紀)
小振りな茶碗の内側と外側に、金、銀、紺の細かな卵型の斑点がびっしり現れ、
その斑点が油の滴に似ていることから「油滴天目」といわれます。
焼成の過程で釉中の気泡が破裂し、そこに流れ込んだ酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じた・・・と難しいことは解かりませんが、思いの他小さな茶碗の中に大きな宇宙を感じますネ。
双璧の、静嘉堂文庫に所蔵されている「国宝 曜変天目茶碗」 黒の釉面にある紋の周りが
ルリ色に妖しく光輝いている茶碗に比べたら、漆黒の部分が多く落ちついた感じが致しました。

安宅コレクションから東洋陶磁美術館に収蔵されるまで紆余曲折があったそうですが、
1000点余りの作品が一点も散逸されることなく収蔵されているとのことです。
焼き物好きにとってはこの上ない喜びです!


「香雪美術館」 朝日新聞の創業者村山龍平氏(香雪)のコレクション。
超高級住宅地神戸の御影に、広大な敷地と重要文化財の和洋の建物に囲まれた
一画にあり、鎌倉時代の中期から桃山時代の茶道具が多く収蔵されているそうです。
美術雑誌でしか見たことのない作品が数十点展示してありましたが、その中でプーと膨らんだ
「堪忍」という銘の、名物瀬戸肩衝茶入があり伊達政宗が付けたそうですが、
何やら江戸幕府に対しての堪忍袋かしら?
緒が切れたのか切れなかったのか。 傑作な銘ですネ。

見事に自然と共生している生活空間。
ご自身も深く茶の湯を嗜まれ、お客様の接遇の基本となさっていたそうで、
藪内流家元の茶室「燕庵」の忠実な写しがあるとの事。
そんなお席にお招きされないかしら??


大阪、高松、琴平、神戸・・・と
歩いて、歩いて、歩いた二泊三日の旅でした。

2012年12月5日水曜日

其の二 「金刀比羅宮」と「白峰神社」

お伊勢参りと共に、一生に一度はお参りしたいといわれ、
全国から訪れる参拝者で賑わっている金刀比羅宮。

御本宮までの階段 785段
御本宮から奥社まで更に583段
合計 1368段

覚悟して登り始めましたが階段はやはりキツー!
自分で叱咤激励しながら、やっと御本宮へ。
 御利益を念じ暫しお参りをいたしました。

サー、もう一頑張りして奥社まで・・・583段。
頑張りましたが日頃の運動不足が祟り、足が前に進まなくなってしまいました。
奥社までは無理としても中間にある「白峰神社」は「崇徳上皇」と生母「待賢門院璋子」の
御二人が祀られている神社ですのでどうしてもお参りしたい場所。
この付近は紅葉の木が多く「紅葉谷」と言われているそうで見事な黄や紅の錦でした。


最終の和楽茶会も「平家物語」をテーマとして開催いたしましたし、
四方会でも時々百人一首を楽しみますが、崇徳上皇の

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
 われても末に あわむとぞ思ふ」

この札だけはどこにあっても陶の庵の手がスーとのび、不思議に必ずゲットいたします。

複雑な親子関係、保元の乱に敗れ讃岐に配流され、九年の長きに亘って無念な日常を
よぎなくされ崩御された崇徳上皇。その失意の中でも金刀比羅宮へのお参りが、
唯一つの生きがいだったのでしょう。幾度となく参拝されているようです。
ホットしましたのは崇徳上皇の死から四年後に上皇を偲び慰霊の為、
西行法師が来讃されたようです。 心が温まり安らぎました。

900年近く過ぎた平和な現在、伊勢神宮と共に親しまれている金刀比羅宮。

こんぴらさんで しあわせ参り (*´ー`)

2012年12月2日日曜日

其の一 「万博記念公園」と「太陽の塔」


雨ニモマケズ 
                           風ニモマケズ 
                     雪ニモ夏ノ暑サニモマケナイデ・・・

 モノレールから降りると、錦秋に包まれた巨大な「太陽の塔」が、
青空に向かって見事なコントラストでそびえたっていました。

40数年前の大阪万博のシンボルゾーンの、大屋根を突き破って向かう塔は、
その当時の日本の世相のように、明るい未来にエネルギッシュに進んでいた姿でした。

巨大な大屋根は(S52年頃)撤去されてしまいましたが、その当時
大屋根の建設に携わって、当時「丹下健三事務所」の利休七哲ならぬ
「丹下七哲」といわれた、遠戚のK.K氏の紹介で建設中の、
各国のパビリオンが点在する会場内を案内していただきました。

大屋根( 巾 108m、長さ 290m、重量 4200t )の収縮率は一日で1m???とか、
地上で組み立てて持ち上げる大変な工法だったとか・・記憶がはっきりしませんが、
その当時の建築技術の結集だったそうです。その大屋根をぶち抜いて反対されていた
70mの塔を造った岡本太郎さん。やはり偉大な?芸術家ですね。

「国立民族学博物館」では超高速で世界一周し、
日本庭園の「千里庵」「万里庵」では錦秋包まれて一服を戴きました。


40数年前のほんの一時期かもしれませんが、目的をもっておおらかに
良き時代を共に過ごしてきた事をしみじみ思い起こしたところでしたし、
各国のパビリオンの跡地も見事に錦秋に覆われた一大オアシスになっていました。

2012年11月22日木曜日

木枯らし



和楽茶会も無事に終りポーと外の景色を眺めていました。
裏庭の桜の木の枝に残っている、美しく色づいた葉を木枯らしが吹き飛ばしていきます。
ヒラヒラと舞い落ちる枯れ葉を見れば、ちょっと寂しく感傷的になりますが、
葉っぱは木枯しに吹き飛ばされるのではなく「寒い冬の訪れを予知し、自分から積極的に
枯れ落ちるのだ」・・・と、何時か植物生理学者が書いてみえました。
葉には夜の長さの違いや、季節の流れを計り、自分の持っている大切な栄養を、
幹や枝にしっかり送り返してから散る。芽吹きの為に自分のやるべきことをやりつくし風に舞う。
ウーン  ご立派!

それに引きかえ、陶の庵は木枯らしが吹き始め、初霜や初氷の便りを耳にしますと、
さっそく準備するのが「湯たんぽ」 (*^ー^*)
寒さの募る日々、ストーブの上の大きめのやかんから、シュッ シュッと音を立てている
湯気の出ているお湯をトク トクと湯たんぽに注ぎます。
冷めない様に丁寧に包み、夜寝る少し前にお布団に入れておきます。
お布団に入るとホンワカ~・・とした何ともいえない温もりに包まれ身も心もほっこりいたします。
ウーン  幸せ!

2012年11月15日木曜日

感謝の十年 和楽茶会

「一期一会」 「一座建立」
この言葉を心の片隅に秘め、背伸びしながら開催してまいりました和楽茶会も、
第十回目を節目とし、最終の開催を少し惜しまれながらも無事に終る事ができました。

伝統的な非日常の茶の湯の伝承もとても大切ですが、日常生活の中にポット浮いた
非日常の緊張感のある一刻を持ちたい・・・そんな想いで仲間と共に始めたのが和楽茶会です。

振り返れば十年前ささやかに自宅の前庭で夕方から月見茶会として、和ローソクの仄かな
明かりの中で催した第一回目と第二回目。お客様も30名様位で点心も全部手作りでした。

第三回目から公の茶席をお借りし、参加して下さるお客様も少しずつ増えてまいりました。
更に、第七回目からは由緒あるお寺の歴史の刻まれた茶席で、静かに想いを
馳せながらの一服を楽しんでまいりました。其々の設えが想い浮かんでまいります。

又、色々な方々をゲストとしてお招きし、尺八、琴、胡弓、笙、三味線、常磐津節、
謡曲、日舞等の伝統芸能から、ジャズ、ピアノ、ヴァイオリンの洋楽器の演奏迄、
お茶とのコラボレーションを楽しみました。

今回は最終回ということもあり、色々想いを込めて今年のNHKの
大河ドラマ「平家物語」に因んだ設えを・・・と準備してまいりました。

場所は仏教哲学者で高名な清澤満之老師終焉の西方寺をお借りいたしました。
茶席は犬山の如庵にあります珍しい鱗板の瀟洒な小間で、お客様と膝を交えての和やかな
一刻、今迄のお礼の言葉を、お一人様お一人様にお伝えすることも出来安堵いたしました。
床のお軸は和楽の「和」 花は平家物語に因み沙羅の照り葉と曙椿を挿してみましたし、
お菓子は建礼門院徳子が壇ノ浦で入水するときに藤重ねの十二重を着ていた・・・
藤色のあんこを薄い牛皮で包んだ菓子銘を「藤重ね」といたしました。

今回お迎えいたしましたお客様の歌舞伎舞踊の市川櫻香様と狂言の佐藤融様も
平家物語に因み舞踊は「八島」と狂言は「那須与一語」を、弥陀に守られた荘厳な
本堂の中で上演してくださいました。とても感動いたしました。

和楽茶会がこんなにも長くこんなにも盛大に続けてこられたのも、偏に
遠路毎回お越し下さったお客様、骨身惜しまず協力して下さった友人、
社中の方達、良き仲間に支えられて続けてこられた事と感謝いたしております。
本当に有難うございました。

此れからも楽しみながらこつこつと、
是非の 初心忘るべからず、
時々の初心忘るべからず、
老後の初心忘るべからず
忘れずに精進したいと想っています。

2012年11月4日日曜日

炉開き

初風炉から名残まで使っていた風炉を閉じて、11月の初旬頃を目安に炉を開きます。
陶の庵も、朝夕はだ寒くなった先日炉を開きました。

 
炉用の大ぶりのお炭をつぎ、釜のお湯が始めは微かな音から、
次第に煮え音が高まり、松葉が吹く風にそよぐように聞こえる事から
「松風」といわれる釜が鳴り、立ち上がる湯気の釜から一杓湯を汲み
点てる一服は、風炉と違い又一段と心が安らぎます。

現実の日々では陶の庵はこの時期、N幼稚園の文化祭で
茶道クラブの園児と共に、父兄におもてなし茶会。
同じくN幼稚園の100名位の園児が、卒園作品の制作で陶房へ。
そして、いよいよ一週間後に迫った和楽茶会の準備と・・
何かと忙しい現実の日々。
忙・・・字のごとく心が亡びそう!
 
高名なお茶の本「南方録」に書いてあるという、お茶とは、
「朝、薪をとり湯をわかし、茶をたてて、仏に供え、人にもほどこし、自分も飲む」

理想の茶人の生活環境・・
気持だけでもゆとりを持ちたいものですネ。

2012年10月28日日曜日

「歌舞伎」


久しぶりに歌舞伎を見る機会に恵まれました。それも、御招待席(いただきました)です。
久しぶりどころか、これまででたったの三度、十年毎に一度位というわけです。
でも、テレビ桟敷ではよく見ますョ。ゆったりと特別席で。
先日も「市川猿之助襲名公演」を放映していました。
新猿之助に密着し準備期間から舞台裏まで、その独特な世界を隅々まで
映し出されて興味深く見入ってしまいました。


今回は「中村勘九郎襲名披露 第四十八回吉例顔見世」を御園座で見てまいりました。
「義経千本桜」・・歌舞伎ファンならずとも「狐の出てくる場面・・」ということだけは
解かりましたし、プログラムや先日テレビで見たことを踏まえて舞台を見ていると、
早替り?場面等思い出しながら一段と想像が膨らみました。
静御前の気品のある美しさ! 狐の身軽さ! 芸の深さ!

                      吉野山
                      峰の白雪踏み分けて
                      入りにし人の跡ぞ恋しき

(静御前が義経を慕って唄った歌)


歌(音楽)舞(舞踊)伎(技芸) 日本独自の様式的演劇・・伝えていきたいものです。 
それにしても、代々家ごとに培われ受け継がれた「伝統美」
一朝一夕には身に付かない重いものですネ。

「美は五感を刺激する」・・・そのとおりでした。

2012年10月17日水曜日

「あんこ」

お彼岸のお供物は 御萩?牡丹餅? に続いて・・
和の甘味の代表格「あんこ」
洋菓子と違い油を使っていない和菓子のあんこは、優しいほっとする甘さです。

やはり、日本人にはあんこのDNAが流れているそうです。
先日の新聞に「つぶあんとこしあん、どっちが好き?」の見出しで書いてありました。
その調査では、つぶあん61% こしあん26% どちらでもない13%

つぶあん派は「小豆の味が楽しめる」「食べ応えがある」・・
こしあん派は「口当たりがなめらか」「つぶあんの小豆の皮が歯についていや」

以外でしたが、断然つぶあん派がこしあん派を上回っています。
こしあん好きにつぶあん嫌いは多くても、つぶあん好きにこしあん嫌いという人は
少ないようです。陶の庵は和菓子の種類にもよりますがこしあん派ですネ。
でも、つぶあんも魅力があります。
食物繊維の豊富なゴボウと同じ量の食物繊維があるということです。

陶の庵御用達?の「T和菓子屋さん」

上用まんじゅう       こしあん
  くずまんじゅう      こしあん
 桜もち            こしあん
  草もち            つぶあん
 羽二重もち         こしあん
   柏もち            つぶあん
     こなし             白こしあん
 練り切り             こしあん
  道明寺もち        つぶあん
                    きんとん          白小豆こしあん   

まだまだ季節によって多種類作ってみえますが、
こしあんの方が多いような気がいたします。

「あんこ」も色々な素材から作るんですネ。
小豆、白インゲン、枝豆、さといも、かぼちゃ、緑豆、
青エンドウ、栗、くるみ、黒胡麻、とうがん、なつめ、バナナ・・・
バナナやとうがんの「あんこ」の色は?お味は?

季節感もあり、目にも楽しく美味しいお抹茶の友、和菓子! 
「あんこ」  大好き(*´ー`)

2012年10月9日火曜日

「細水指」

朝夕、冷気を感じる頃になりますと、茶室内も少しずつ模様替えを致します。
真夏の風炉は、茶室内でお客様からなるべく暑さを遠ざけるような、
切り合わせ風炉を使っていましたが、そろそろ火の暖かさが恋しくなりますと
釜もたっぷりお湯が入る少し大きめの釜を使います。
そして、それまで勝手付きに置いていた風炉を真中に置く「中置」や、千家中興の祖
如心斎がはじめて工夫された「竹台子の風炉一つ飾り」でお稽古をいたします。
このお点前の一番の特長は、水指を風炉の左側、勝手つきの狭い所に
置かなければならないので、細長い「細水指」を使います。


「細水指」や炉から風炉に替わる時期に使う「つり釜」は、
ほんの一刻使うだけですがとても季節を感じるお道具です。

そして名残りの風炉も終わりますと、まもなく炉開きの時期へと移っていきます。

華やかな春も好きですが秋が深まりゆき、木々が赤や黄に染まり始める
仲秋から晩秋にかけての、清涼で穏やかな日々は気持が落ち着きます。

やっと、凌ぎやすい季節になりました!
七代目如心斎宗匠が言ってみえました。
「常を茶になして 茶に臨んであらたまらぬように」
「平常心是道」

サー 心して精進いたしましょう・・ネ

2012年10月2日火曜日

「いのくまさん」 猪熊弦一郎展



昭和期の高名な猪熊弦一郎画伯・・と、
いうより「いのくまさん」の方が、お似合いになりますネ。

                    こどもの ころから
                    えが すきだった いのくまさん
                    おもしろい えを
                    いっぱい かいた

絵本「いのくまさん」猪熊弦一郎(1902~93年)の作品を、
詩人・谷川俊太郎のことばで、紹介した絵本からの今回の展覧会。
刈谷市美術館で開催されましたので出掛けてきました。

谷川俊太郎の優しく美しい言葉に沿って、少年期から最晩年まで
120点程の作品が展示してあります。

「いのくまさん」がお好きだった「かお」をモティーフにした作品。

                     自分のかお
                     人のかお
                     たくさんのかお

 文子夫人に先立たれた頃から突然顔を描かれるようになったそうです。
長年の伴侶を亡くされ、淋しくなられたのでしょう・・

「とり」 「ねこ」も描いて見えます。

                       いのくまさんは  
                     ねこもすき
                     いっぱい  いっぱい  
                     ねこをかく

とっても表情豊かな「ねこ」
作品から醸しだされている雰囲気は、きっと、
ながい間「ねこ」達に囲まれた生活をしてみえたでしょうネ?

親しみやすい作品から、パリ、ニューヨーク、ハワイ時代の具象、抽象の大作等。
作品の移り変わりから、世の中の流れも少し感じられます。

優しい眼差しと、子供の様な遊び心を終生持ち続けられた「いのくまさん」
心がほんわか暖かくなりました。

「いのくまさん」は言いました・・・「えは心でかく」

 
※  三越の赤い抽象的なデザインの「華ひらく」と、いう名のある
   包装紙も猪熊源一郎作品だそうです。知りませんでしたネ。


2012年9月25日火曜日

「牡丹餅と御萩」

「何時までもお暑うございます・・」が挨拶言葉でしたが、ここのところの秋雨で、
やっと夏のほとりも冷やし、しめやかな気配になってまいりました。

「暑さ寒さも彼岸まで」

お彼岸のお供え物は「おはぎ」? それとも「ぼたもち」?
材料はもち米とうるち米と小豆・・基本的には同じです。
それなら、こし餡がおはぎでつぶ餡がぼたもち?  そうでもないそうです。
餡の材料の小豆の収穫期が秋のお彼岸の頃で、取れたての柔らかい小豆は、
皮も一緒にして使っても美味しくそれがつぶ餡。
春のお彼岸の頃になると、冬を越した小豆の皮が固くなり(何やら陶の庵の事?)
そのまま使うと食感が悪いので、皮を取り除いた小豆を使ったのがこし餡。
ですから、昔は春はこし餡、秋はつぶ餡だったようでが、今では保存技術や
品種改良によって、春にも皮をそのまま使うことが出来ます。

「牡丹餅と御萩」の違い? 
 字のごとく春のお彼岸は牡丹の花に見立て「牡丹餅」と言い、
「御萩」は萩の季節、秋彼岸に咲く萩に見立てたようです。
でも、今では「ぼたもち」と言うより「おはぎ」と言う人が多いようですネ。

いつ頃からか、お彼岸や四十九日の忌明けに食べる風習が定着し、
小豆の赤い色は災難が身に降りかからない様に、
邪気をはらう食べ物としての信仰が先祖供養となったそうです。
  

お供えしたこし餡ときな粉の「おはぎ」
ご先祖様と共にいただきとても美味しゅうございました。


どこかの川柳にありましたよ。
「世界一 こわいのりもの 体重計」

食欲の秋、お気をつけて下さいネ。(*´ー`)

2012年9月19日水曜日

小さな夜の朗読会

陶の庵の尊敬するR.K先生がご指導なさっている
「小さな夜の朗読会」が催され出掛けてまいりました。


「茨木のり子の詩の世界」

お若い時代から、73歳で発表された最後の詩集「倚りかからず」迄の中から10篇。
何れも、感性豊かな詩ばかり。その中でも思わず微笑んでしまう楽しい詩。

「笑う能力」

「先生 お元気ですか 我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」
他家の姉が色づいたところで知ったことか
手紙を受けとった教授は
柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか

「次の会にはぜひお越し下さい
枯れ木も山の賑わいですから」
おっとっと それは老人の謙遜語で
若者が年上のひとを誘う言葉ではない

着飾った夫人たちの集うレストランの一角
ウェーターがうやうやしくデザートの説明
「洋梨のババロワでございます」
「なに 洋梨のババア?」

若い娘がだるそうに喋っていた
あたしねぇ ポエムをひとつ作って
彼に贈ったの 虫っていう題
「あたし 蚤(のみ)かダニになりたいの 
そうすれば二十四時間あなたにくっついていられる」
はちゃめちゃな幅の広さよ ポエムとは

言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま
いとおかしくて
深夜 ひとり声をたてて笑えば
われながら鬼気迫るものあり
ひやりともするのだが そんな時
もう一人の私が耳もとで囁く
「よろしい
お前にはまだ笑う能力が残っている
乏しい能力のひとつとして
いまわのきわまで保つように」
はィ 出来ますれば

山笑う
という日本語もいい
春の微笑を通りすぎ
山よ 新緑どもよして
大いに笑え!

気がつけば いつのまにか
我が膝までが笑うようになっていた


四半世紀を共に尊敬し合いながら生活された三浦さんを、50歳で亡くされ、
その後、お一人の暮らしが長かったのに、全ての感覚が瑞々しく躍動してみえる・・
ご自分に律した潔い生活をしていらっしゃったからでしょうか?

言葉というのは恐ろしいですね。その人の全人格、本性が全て
解かってしまいますし、美しい言葉は私達の心を潤わせ和ませてくれます。

暑さが収まる処暑もとっくに過ぎたというのに、残暑が長く続きいささか閉口していますが、
夜になれば空気が一変し、エンマコオロギが鈴をころがす様な音色で鳴いています。
短夜から長夜にになりましたので、好きな本を手にし日本語の美しい言葉に
お目にかかりたいと思っています。 「読書の秋」・・ちょっと古いかしら?

2012年9月11日火曜日

第十回 和楽茶会案内状

第十回 和楽茶会の案内状が出来ました♪♪



茶の湯に出会い「一碗の茶」を楽しみ早や40年余りになります。
お茶に親しみ、その「心」に触れられることに幸せを覚えるようにもなりました。

主、客、相まみえて建立する茶席は、日常ではあじわえない緊張感に、
心身共に刺激され、とても満たされた心地になります。

その一方で、「もっと気楽に、日々の生活の中で茶心を楽しもう」と、
そんな思いのよき仲間と共に始めたのが和楽茶会です。

その和楽茶会も、早や十回目となりました。
以前は「十年一昔」と言われていましたが、最近では「七年一昔」もっと早く
「四年一昔」に変わり、時の早さにびっくりいたしております。
脳細胞もとみに劣化し、心身共に少々お疲れ気味です。(*^ー^*)

多くの方々のご支援により催して参りました茶会も、十回目を一応の節目として
今回の和楽茶会で、最終の開催に致したいと思っています。

「楽しいお茶会だったわネー」「忘れられない一刻だったわ」・・等
 お一人様でも感じて下さる様な、和楽茶会を催したいと、
これから準備に入るところです。
\(^-^)/

2012年9月3日月曜日

「天然鮎」

その昔、陶の庵の故郷、三河湾でとれた三州塩を舟や馬で、山奥の信州へ
運んだことから、「塩の道」とよばれた街道の要地であった足助。
名古屋から車で30~40分走ると、緑に囲まれた山里足助に着きます。

家族連れでおお賑わいだった夏休みも終り、少しずつ日常の静けさを
取り戻しつつある、香嵐渓へ・・ 
Tさんと「天然鮎」を食べに巴川沿いの川見茶屋へ掛けました。



家で食べているふくよかな鮎と違い、すんなりといかにも身の引き締まった「天然鮎」。
竹串を打った鮎にたっぷり振り塩をし、強火の炭火の回りに立て掛け、
時々くるくる回しながら焼くこと5分。
パリッと焼き目のついた熱々の鮎を、竹串ごと手に持って、まず、シッポから一口がぶり、
香り高く程よい油ののり、絶妙な塩加減、身はしっとりとふっくら・・
頭だけ残して全部頂きました。 美味しかったですネー!
 ごちそう様でした。

鮎が香魚といわれるのは、清流で川底の石に付着した餌にする藻が、
鮎全体や尾ひれを独特の色合いに染め、香り豊かな鮎に育てるそうですね。
もう少しすると、今度は子持ち鮎の美味しい季節。楽しみでーす。

気持の良い木漏れ日の道端には、秋海棠、赤や白の水引、名も知らないオレンジの花、
花は終わってしまいましたが、かたくり草やシャガが群生しています。
お手頃な近場で心身共にリフレッシュした一日でした。
Tさん(^人^)♪ 


一緒に出掛けたTさん家のマスコット。
猫可愛がり?犬可愛がりのレオちゃん。


二歳になり逞しい?男犬に成長いたしました。
モデルのご機嫌を損なわないよう、二人がかりでシャッターを押し続けた内の一枚です。
「僕のポーズイカガ?」

2012年8月28日火曜日

干菓子

お茶席でいただく茶の湯菓子は、主菓子と干菓子がありますが、
すべて濃茶や薄茶の前にいただきます。

主菓子は、香り高くまろやかな濃茶の味を損なわないような、程よい甘さ、香り、
はんなりとした味の、餅菓子や蒸し菓子、練り菓子、棹物菓子等を用います。
干菓子は、濃茶の時の緊張感を少しやわらげ、サラッとした薄茶の味わいを
引き立たせるような、有平糖、押物、打物、煎餅、州浜等の軽やかな干菓子を使います。

茶の湯は全て五感を大事にいたしますが、茶の湯菓子も同様、
視、聴、味、嗅、触の感覚をとても大切にいたします。
色や形、手ざわり、歯ざわり、舌ざわりや香り、
そしてお菓子の銘によって感じられる季節感など・・

一服の美味しい濃茶の味を引き立てる主菓子は、勿論大切ですが、濃茶席の緊張感を
少しやわらげ、和やかでくつろいだ薄茶席に出される干菓子はとても楽しみですョ。
可愛らしく季節感にあふれる形や色、思わず微笑んでしまいます。


        左上   一月 鶴       二月 薄氷、     三月 貝、     四月 桜、
               五月 花菖蒲,    六月 金玉糖、  七月 鮎、       八月 観世水、
                 九月 菊、        十月 吹寄せ、   十一月 銀杏、  十二月 唐松

お菓子もやっぱり世の中の移り変わり、人の好みに合わせて、
少しずつ変わってくるかもしれませんが、お茶を美味しくいただく茶の湯菓子は、
吟味された材料を丁寧に加工され、形や色を余りこらずに、
自然の味を大切にしていただきたいものですネ。

お茶席の雰囲気や、趣向にあった季節感あふれる美味しい茶の湯菓子をいただく・・
至福の一刻です。 (*´ー`)

2012年8月20日月曜日

涼風

7月も初旬の頃は、「短夜」「明け易し」のごとく、
朝は5時前より明るくなり、長い一日の始まりでした。

暑中見舞いも出し、「立秋」を境に残暑見舞いになり、お盆も過ぎますと、
日の出も随分遅くなってまいりましたし、暑い暑いと言いながらも、
微かに秋の気配を感じ、心地よい涼風も吹き始めました。

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 
風の音にぞおどろかれぬる」

風の音で立秋の気配を知る?? 繊細な藤原敏行朝臣の歌。

涼風が吹き始め、秋の風情が濃くなりますと、たおやかに枝垂れる萩の花が目に付きます。
おなじみの秋の七草の萩の花は、万葉集にも一番多く詠まれている花だそうですネ。

「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花
女郎花また藤袴 朝貌の花 」

忘れないでいいですネ。秋の七草全て詠まれている山上憶良の歌。

萩の花が咲きそろうにつれ、秋の日はつるべ落とし「短夜」から「長夜」になり、
せみ時雨から虫の音へと、そして カレンダーの薄さも気になりはじめ、
何となく腰が浮き加減になってきます。

今回で最終の開催となります「第十回 和楽茶会」の準備をしなければ・・・
心急かされる日々になりそうです。

2012年8月13日月曜日

権兵ヱー 初盆

ごんちゃんが亡くなってしまいました。
1994・8~2012・7・28  18年間共に濃密な日々を過ごしました。

ごんちゃん、 権兵ヱー、 ゴンベー、 ゴン、 ごんごんちゃん・・
うれしい時、かなしい時、ほめる時、しかる時、なだめる時、おこる時・・
一日に何回呼んだことでしょう。
(一日 ?回、 一年 365日)×18年  何万回呼んだ愛しい名前!
もう一度、鼻と鼻をくっけて「ごんちゃん、オハヨウ今日も元気でネ」・・言ってみたいですネ。

老衰で天寿をまっとうして7・28日逝ってしまい、静かに?
セミ時雨の中、裏庭の桜の木の麓に眠っています。
今は、ただごんちゃん有難う・・・


最後の写真になるとは思いもよらず、前日撮った一枚。
涼しい朝方裏庭を散歩し、少し歩くと倒れてしまい「どうしてコロンデシマウノ?」・・と
陶の庵に語りかけるごんちゃん。  まさか、まさか亡くなるとは!!


※  T動物病院の皆様へ
ワガママナ患犬と心配性な飼い主に、長い間向き合って下さり、
とても心強い日々でした。有難うございました。

2012年8月7日火曜日

絞り茶巾

極暑と極寒の薄茶のお点前の一つ「絞り茶巾」


夏の絞り茶巾は、少しでも涼しくという心くばりから、平茶碗に茶巾をたたまず、
ゆるく絞った姿そのままを、茶碗に仕組んで運び出します。
茶筅通しをして、お湯を建水にあけてから、お客様の前で茶巾を絞りなおしてたたみます。
ゆるく絞った麻製の茶巾の白さは眼に涼しく、微かに滴る水の音は、耳にも涼しく感じられます。
お点前の中で、微かな水音に五感を澄ませることで、暑さを少しでもやり過ごしたいものです。

冬の絞り茶巾は少しでもお茶が冷めないようにと、比較的口の狭い筒茶碗を用います。
茶筅通しのお湯を茶碗に入れたままにしておき茶巾を絞り、
茶巾をたたみなおしている間に、茶碗が仄かに温まります。

冷、暖房のなかった頃に、如何にお客様に心地よい雰囲気の中で、美味しいお茶を点て
おもてなしするか、そして、それをお客様が察した時、主客のこころが通い合います。

松平不昧公の言葉
「客のこころになりて亭主せよ、亭主のこころになりて客いたせ」
主客が互いに敬うこころが大切ですネ。

何時か、そんなお茶事がしたいものです・・

2012年8月1日水曜日

夏の花 「木槿」


底紅木槿

「花」・・とだけ言えば、なんとなく春を連想し、
「花野」・・と言えば秋草の咲き乱れている野を思い浮かべます。
春の花はやはり「梅」ですネ。それから、私達の大好きな「桜」・・
「梅」のことを他の花に先がけて咲くから花の兄とも言うそうです。
秋の花はといえば「萩」かしら? それから、やはり「菊」でしょうネ。
「菊」は他の花に遅れて咲くから、花の弟とも言われる・・と、言うことは、
「梅」と「菊」は花の兄弟?

その間の夏にも、多種多様の花が咲き楽しませてくれます。
まず、陶の庵の大好きな「木槿」「芙蓉」「ハイビスカス」「ノウゼンカズラ」等々・・
それらの花は全て一日花。朝から夕暮れ迄のたった一日の命。
一見、ひ弱そうな感じを受けますが、たくさんの蕾を持ち、次から次へ咲く花は、
エネルギッシュな夏の風物詩です。

一日花と言っても「木槿」「芙蓉」や「ハイビスカス」は、早朝全開し、
夕方迄にエネルギーを全て使い果たし、萎んで落下してしまいます。片や、
赤朱色のきれいな花が咲く「ノウゼンカズラ」は、花じたいの寿命が尽きる前の、
咲いたままの姿で散ってしまいますので、落下した後にも風情があります。

夏の一日花は、その儚さを人生にたとえた人達に、昔から好まれてきましたし、
又、涼やかで優しい「木槿」は風炉の茶花としても、なくてはならない大切な花々です。
縞葦や糸すすき、水引などを添えて挿します・・
一日一輪 (^人^)♪

2012年7月24日火曜日

「中島 潔」作品展

2011年放映されたNHKのお正月特別番組。
一日は「くじけないで」100歳の詩人柴田トヨさん。
二日は「風の画家 命を描く」の中島潔さん。
逆風の中におかれても、強い信念を持った、やさしい心の持ち主のお二人。
とても、印象的な番組でした。


その中島潔さんの作品展が、Mデパートで開催され出掛けてまいりました。
作品の数々(100点くらい?)に、まず、圧倒されてしまいましたね・・
その一枚一枚に日本人の春、夏、秋、冬の郷愁に満ちた原風景と、
愛らしい子供達の姿が、見る私達の心をとても優しく包みこんでくれました。

やはり圧巻は、京都、清水寺の成就院のふすま絵です。
「生涯で最高の仕事」として、五年の歳月をかけて、ひたすら描き続けられた46枚。
「かぐや姫」「風の風景」等力作揃いですが、見どころは、
金子みすずの詩「大漁」のふすま絵のイワシの大群。
圧倒的な存在感でした!!

作品の隅々迄、細かく緻密に、全身全霊で描かれる根気と集中力。
見る私達に伝わってきます。

ある時期、精神的にも、経済的にも、そして近年は肉体的にも、
万全とはいえない環境の中で、そのハンディキャップを乗り越え、
見事な「中島潔ワールド」を築かれました・・

今度は、築400年?の重厚な成就院のふすまとして、
再びお目にかかりたいと思っています。

2012年7月17日火曜日

季節を知らせる声

「ウグイス」 それとも「セミ」かしら?        
心情的には、ウグイスの初音・・と言いたいですが、その幸運には中々巡り合いません。
やはり、セミの声に軍杯が上がりそうですネ。

七月に入った先日(7/8)梅雨の雨間、裏庭の欅に、薄黄緑色で透明感のある羽のクマゼミ?
シャー、シャーと二声、三声だけですが初鳴きをしていました。 梅雨明けも間近・・と。

今日梅雨明け宣言。 いよいよ、夏到来です!
家の周りには樹が多いせいか、早朝からシャー、シャー、シャー、シャーと、
一斉に声高らかに鳴き始めます。
セミ時雨どころかセミの豪雨ですョ。 暑さも倍増します!

本格的な暑さになりますと、今度はアブラゼミ。
桜や欅にピタットとくっいて、ジー、ジー、ジー、ジーと、鳴いています。
 先日、虫の図鑑を見ていましたが、其々特徴があって面白かったです。
日本には約30種類位セミが棲息し、その中でも、羽が透明でないのはアブラゼミだけ?
騒がしい声と、茶色の羽が如何にも暑そうですネ。

夏バテで暑い々と言いながらも、ツクツクボウシの声を聞くようになると、
これで、夏も終り、早くこないかな~

やっと、梅雨明けというのに・・ これから、長い夏を過ごさないといけないのに・・
先が思いやられます。

セミの声が余り好きでない人が多いようですが、
「季節を知らせる声」の王様はやはり、
セミの声でしょうネ♪♪

2012年7月12日木曜日

桑小卓

利休さんが語ってみえた「夏はいかにも涼しきように・・」

茶の湯は暑さを忘れさせるための、工夫を色々いたします。
玄関の打ち水とか、露路の飛び石にたっぷりの水打ちや、亭主がつくばいに
空ける水音、床の花の露とか、冷たくした葛や金玉のお菓子等・・  
五感を意識した涼しさを設えます。


この桑小卓も涼やかさを感じるお棚です。
桑生地で作られ、柱も細く、板も薄く、すっきりして、華奢なお棚は、
文月のお席にぴったりだと思います。

桑小卓は風炉のみに使います。
そして、この棚に限っての飾り方があります。
その一つは勝手付きの柱に、斜めに柄杓を立てかけて飾ったり、
又、地板とその上の中板との狭い間に、建水を飾ったりしますので、
桑小卓では平べったい平建水を用いるのが特徴です。

釜を掛けた日は7月7日「たなばたさま」
そこで百人一首ならぬ、思い出した万葉集から一首。

天の川、楫(かじ)の音聞こゆ、彦星(ひこぼし)と織女(たなばたつめ)と
今夜(こよい)逢ふらしも 
              
今夜七夕の夜、楫を漕いでいるのは彦星。
彦星が天の川を舟で渡って、一年に一度織姫星に逢いに行く・・
なんとロマンチックな和歌でしょう

2012年7月5日木曜日

「西方寺」

隣町の碧南市には、寺町通りという通りがある位、多くのお寺があります。
その中でも、とりわけ荘厳で、落ち着いた雰囲気のお寺が「西方寺」です。
その境内には、樹齢200年といわれた立派なクロマツが、
四季を通して長い枝を四方に広げた姿から「弥陀の松」として親しまれていましたが、
残念ながら、二年程前にマツクイムシが入り枯れてしまいました。
その後「弥陀の松」から「阿弥陀像」が誕生なさったそうです。

城郭のような隅櫓

その「西方寺」を、終焉の地として過ごされたのが、宗教哲学者でもあり
「歎異抄」を広められた、高名な清沢満之(1863~1903)老師です。

司馬遼太郎さんがご本の中で
「清沢満之程知名度の薄い、それでいて、これ程重要な人物はいない。
「歎異抄」を我々に受けわたした人は、親鸞というよりかも清沢満之であり、
しかも、哲学になって受けわたされている」・・と書いてみえました。

恥ずかしながら陶の庵は、真宗大谷派の高僧で「清貧に甘んず」の生活を貫かれた、
ご立派な宗教哲学者であられたのでお名前だけは知っていましたが・・・

その西方寺で第十回和楽茶会を開催させていただくことになりました。
唯々、感謝の一言です。

一椀のお茶で主、客相まみえて和やかな一刻を過ごすことが出来ます様に、
今から少しずつ準備していきたいと思っています。
 

2012年6月28日木曜日

日々是好日? 苦日?

僕は今、17歳10ヶ月。 あと少しで18歳になります。
人間流に言えば90歳くらいかな~

朝なの? 昼なの? 夜なの?

只今、認知症真っ只中です。
そのせいか、昼夜逆転し朝寝と昼寝はとっても気持ち良く眠れます。
でも、夜は眠れず4~5時間、ウオー、ウオーと言って、家中を歩き回ります。
別に好きで歩いているわけではないので、歩いている僕はとても疲れます!
しかし、とっくに朦朧としてしまった脳細胞から、止まれ!の信号が出ないんです。
歩いて、歩いて、歩き疲れてその場に倒れて寝てしまいます。

貧弱な肉体に・・

だから、僕のテリトリー全部、ペットシーツが敷かれて、
同居人の陶の庵は、犬小屋暮らしみたい・・と嘆いています。

僕達の20年前の平均寿命は、約8.6歳だったそうですが、今は約13.9歳。
とても、長寿になりました。  でも、それに驚かないで!
ギネスに認定された栃木県の先輩は、26歳4ヶ月迄頑張りました。

認知症と言えども、まだまだ18歳では、青年?壮年?
「おしも」の世話係の陶の庵が、二人三脚でもう少しがんばろうか?・・と
言ってくれますので、暑さに向かい大変ですが、もうひと頑張りするつもり!

2012年6月21日木曜日

雨期の仕事

日本は四季の国ではなく、梅雨という雨期のある五季の国・・
どこかで書いてあったのを見たことがありますが、本当にそう思います。
入梅から明ける迄、平均43~45日の長きに亘る日々は、存在感がありますネ。
嫌われがちな梅雨ですが、煙る雨の中に、まもなく訪れる盛夏に向けて、
準備している生きものや、草木、野菜も沢山あります。
太陽の大好きなハイビスカス、槿、芙蓉、ビタミンCの宝庫ゴーヤ等・・
又、疎まれがちな梅雨も、夏の大切な「水がめ」を満たしてくれます。
願わくば、暴れず、騒がず、日照りで泣かさず。恵みの雨期であってほしいものです。

この雨期の大切な仕事。

梅仕事です。 毎年10㌔ 塩分9㌫

この仕事ばかりは、雨期を逃してしまうと、一年間365日、
毎朝の梅干にお目にかかれなくなってしまいます。

体調が悪かろうが、悪かろうが、陶の庵の大切な仕事です。

2012年6月15日金曜日

庭の花

ほんの少し家を留守にしただけでも、一坪花壇の花々の様子が変わりました。


立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花 ・・・ ウーン
とても優しい色の、一重咲きの芍薬も終わってしまいました。



入れ替わりに京鹿の子が、今を盛りと紅色の五弁を蜜につけています。
京鹿の子は挿し花にする時は、とても水揚げが難しい花です。
水の中で切ってから、消毒の為?・・ガスの火で、少し焼いてから挿しますと
長く楽しむ事が出来ますよ。


  
 長~い茎の上にひっそりとおしとやかに咲いている、
五弁の白緑色の花は 苧環です。



白花と赤紫花が釣り鐘状に咲いている蛍袋。うつむいて咲く姿は可愛らしいですね。
暗闇になったら、ポワーッと浮かんでは消える蛍が飛んでいてくれたら最高ー。

一坪花壇の茶花は、無くてはならない大事な仲間です。特に、
体調が思わしくない時や、超シニア犬で認知症真っ只中の権兵ヱーが居たりで、
出掛けられないとき、季節毎に咲いてくれる花々は癒してくれますネ。
本来、草木や花は、人間を癒す力を持っているそうです。
それを如何にして、私達の生活に取り入れるか?
上手に取り入れストレスの無い毎日を・・(*´ー`)

2012年6月8日金曜日

「帯状疱疹」その後

痛みはまだ相当残っています。
ズッキン、ズッキン、ズッキン、招かれざるお客様が几帳面に定期的に訪れてくれます。
「帯状疱疹」や「尿路結石」「痛風」は罹った人しかその痛みは解からないとか・・

体内に潜んでいたウイルスが悪さをするのは、疲れている時とか、ストレスがたまっている時に
罹るそうです。
二度も罹ってしまった陶の庵は、ストレスに敏感で、且つ、壊れやすいガラスの心の
持ち主(^-^)・・ということでしょうか?

回りを見渡しても、家人は帯状疱疹の帯の字も知らない、30年位前に罹り、それはそれは
苦労いたしました。 妹も、友人も2回。 そう言われれば、敬愛するR.K先生の御主人様も
罹られました。 又、先日R.K先生の講演会の時に、お会いした知人の奥様は、まだ、痛みが
残って大変・・と言ってみえ「お大事になさってください」・・と言ってお別れしました。

その翌日から二度目の患者になろうとは、思ってもみませんでした。
此処まで来てしまえば、もう、静かにして痛みが退くのをのをまつばかり・・
先生も「一過性のものだから、痛みも徐々になくなります」
二度ある事は三度あると心配していますが・・「まあー、十年位は大丈夫でしょう」・・との事。

唯でさえ、人間の細胞は成人になると、1日に十万個が消滅されてしまうそうです。
頭に入ったウイルスが、その何倍か悪さをして、脳細胞を死滅させはしないかと、
恐れおののいている毎日です。

それに対抗するのは、ある程度の緊張感を持つことだそうです。
ホラ、ホラ、ボーとしてないで、緊張感、緊張感!
ハーイ、解かりました。 \(^-^)/

2012年6月1日金曜日

「帯状疱疹」

神経にウイルスが入り悪さをする病気「帯状疱疹」
罹った人は、聞いただけでその痛さに、顔をしかめます。
何の因果か二度も罹ってしまいました。
それも左後頭部、ズッキン、ズッキン針で刺されたような痛み。
残り少なくなった脳細胞が、これ以上破壊されては大変・・
夜中家人を起こしてH市民病院救急外来へ。
とても若く綺麗な女医さん。患者の話を聞きながら、真っ白な細長い指でキーボードを打つ。
C・Tの結果異常ありませんが、念の為通常の診察を・・との事。トンプク服用。

痛み治まらず朝受診。
今度は小柄な若い男の先生。ちょっと患者の顔を見て、まず、PCとにらめっこしてキーボードを
打つ。その速さにビックリ!。
一度目のケータイ鳴る。キーボード打つ。二度目のケータイ鳴る。キーボード打つ。
三度目のケータイ鳴る。 アー、見てるだけで忙しい事。
初めて患者の頭を触診し「症状はまだ出ていませんが「帯状疱疹です」
症状が改善しなければまた来てください」薬貰って帰宅。

やはり、依然痛み引かず、痛くなる一方。再び病院へ。
今度の担当医は年配の先生。
患者と向き合い話を聞き、触診し「やはり、帯状疱疹です。僕も同じ頭部に出来ましたから、
その痛みは解かりますので、我慢出来れば家でも良いですが、入院もできます」
患者の一番心配なのはこれ以上脳細胞が破壊されない事・・
「それは殆どありません・・まれに・・」 一瞬考慮。
エーイ!「入院お願いいたします」 一週間との事。
準備の為一旦帰宅。入院用品を整え再び病院へ。

直ちに点滴。お遍路さんではないですが、それ以降、点滴棒と同行二人(どうぎょうににん)
24時間体制で四日間何処へ行くにも一緒です。
あれ程、地獄の痛みだったのが、何の薬の点滴か程なく痛みが薄らぎ天国へ。
薬の威力、メリットとそれに隠れているデメリット、そして、日本の医療の手厚さも改めて
感じました。
期せずして、二人の先生と同じ診断で、時が解決する病気なので一応安心いたしましたが、
これが、難病だと思うと身がすくんでしまいます。

薬で抑えてある痛みもまだまだ残っていますが、一応少し痛みも治まり退院の許可も下りました。
これからは、日にちが薬、日々痛みも和らいでいくでしょう。
お忙しい先生方、看護士さん、ヘルパーさん、ボランティアさんにお世話になりました。
残り少ない脳細胞が破壊されながらも、遮断された病室の中で、色々考えさせられた
突然の五泊六日でした。

色々な方々にお世話様になり有難うございました。
退屈な日々を口げんかしながら過ごせる幸せを改めて感じ、家族にも感謝、感謝の日々でした。

2012年5月23日水曜日

素敵なお二人

「茨木のり子」

残念ながらお目にかかった事も、勿論、お話した事もございません。
2006年79歳で、お亡くなりになった高名な詩人です。
生前「自分の感受性くらい」 「汲む」 「花の名」等、何冊かの詩集を出され特に、
晩年に発表された「倚りかからず」は、詩集として珍しく、ベストセラーになったそうです。
数年前、童話作家で、随筆家の「R.K先生」からのご縁で読み始め、それからのファンです。
お名前がインプットされているせいか、新聞紙面でも、茨木のり子さんの詩を通して、
批評されているコラムをよく見かけます。

ふと、思い出し 後藤正治著「清冽」を読み直しました。
作品だけでなく、詩人「茨木のり子」の生涯に亘っての生き方を綴った本です。
生まれながらの品格と、素朴な正義感を持ち、背筋をピンと伸ばして、生き通された
詩人の生活振りに、又々、引き込まれ一気に読んでしまいました。

見事な生き方は別として、幼少から女学校、そして「歳月」に収録されている「一人のひと」
三浦安信さんと、結婚なさるまでの間、縁の深かった「吉良吉田」は陶の庵の実家でもあります。
終戦直前に、小さな真っ黒なタドン玉?みたいに生まれた陶の庵と、3~4年間は同じ
田舎の空気を吸ってみえたようです。
又、50数年前に通った吉田小学校では、お父上が校医をしてみえ、今でもその宮崎先生は
朧げに思い出すことが出来ます。田舎には珍しいとても大柄で、モダンな先生でしたし、
医院もその当時からハイカラな白い建物?だった様に記憶しています。
その空間だけ、子供心に都会的な、華やかな感じだった事は覚えています。
アー あの宮崎先生の、あの宮崎医院のお嬢様だったの・・・ 納得できますね。
(現在は甥の三代目の先生ですが、やはり、都会的な斬新な医院です)

そんな想いで、高名な雲の上の詩人でなく、その当時を思い浮かべながら、
読んでいくととても、身近に感じます。

「鎮魂歌」に収録されている「花の名」 長編ですが 最後の言葉。

           味噌くさくはなかったから上味噌であった仏教徒
           吉良のチエホフよ
           さようなら 
                      
田舎医者をまっとうされ「赤ひげ先生」であられた、お父上の事を愛情を込めて書かれています。
陶の庵の原風景を思い出しました。

 死後発表された「歳月」の中の 「一人のひと」 胸が一杯になりました。

           ひとりの男(ひと)を通して
           たくさんの異性に逢いました
           男のやさしさも こわさも
           弱々しさも 強さも
           だめさ加減や ずるさも
           育ててくれた厳しい先生も
           かわいい幼児も
           美しさも
           信じられないポカでさえ
           見せるともなく全部見せて下さいました
           二十五年間
           見るともなく全部見てきました
           なんて豊かなことだったでしょう
           たくさんの男(ひと)を知りながら
           ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに

「R.K先生」
童話作家であり、随筆家でもある先生です。
「茨木のり子」さんのファンにもさせていただいた方です。
この先生とは時々お目にかかり、お話をうかがう機会もありますし、今回も、
ある詩人の会の講師としてお話されるのを、聞かせていただきました。
何時もながら上品な物腰と、物静かな中に凛とした佇まい、陶の庵の敬愛し尊敬する女性です。

今回のテーマ「人間の核になるもの」
動物の中で唯一与えられた言葉。とてもよいお話でした。
クニャクニャで核の無い陶の庵、近々、お会いした折に、コッソリ爪の垢を頂戴し
煎じて戴く事に致しましょう。

「茨木のり子」さんと「R.K先生」
共に日常の生活風景を、品格のある美しくわかりやすい言葉で表現されています。
 「素敵なお二人」

2012年5月15日火曜日

「道安風炉」

立夏の頃、炉を閉じ、風炉を据え、障子戸も葦戸に・・
早々と、季節の一区切りとして、初夏の設えにいたしました。

炉から風炉に、替わった当座「初風炉」といい、
茶席や道具の取り合わせにも、爽やかさを心がけます。

利休さんが、炉の点前を創作される迄は、四季すべて風炉を用いていたそうです。
風炉の種類として、土風炉、唐銅風炉、鉄風炉、その他として陶磁器風炉があり、
陶の庵で使っているのは、家人作ですので、陶器の「道安風炉」を使います。

 道安風炉

緑が鮮やかな「初風炉」の頃、特に席中の風炉の火窓から、前土器を通して、
灰の白、炭の黒、燃える火の赤い色が、緑との対照でとても美しく見えます。

それでは、火相、湯相共に整いましたので、
お濃茶を練ることにいたしましょう。
その時忘れていけないのは、お茶を練る前、釜に水を一杓入れること。
昨年採れたお茶で気が弱っている? とかで、
湯相を整える為に、必ず水を一杓入れます。

丁度、八十八夜を過ぎた今の時期、隣町のN市は、
日本有数の抹茶の生産地。 今は茶摘の最盛期です。
その摘み取られた茶葉が、月日をかけて加工され、
茶人が、一年間、大事に使わせていただくわけですネ。

美味しいお濃茶にはやはり、美味しい主菓子!


切り込みのある、白い器に盛ったのは、
 季節の花、ういろう製の花菖蒲です。

それでは、ご一緒に頂戴いたしましょう・・

2012年5月8日火曜日

つくばい 「吾唯知足」

山も里も、一面の桜色に染まった四月も去り、五月は色で言えば緑。
柔らかい若草色からまぶしく光る緑、そして、所々群青色に日毎移り変わる美しい五月。

そんな爽やかな一日、心待ちにしていた四方会です。
今回の当番は、我が苫屋とは大違い、ご立派な数奇屋つくりのAさん宅です。

Hさんがお正客様で、初めてのお客様お二人と共に席入り。

「吾唯知足」のつくばい

「知足」・・「足るを知る」
ちょっと、禅語をひも解いてみました。
難しい解釈が書いてありました。

「懺悔文」
我昔所造諸悪業
皆由無始貧瞋癡
従身語意之所生
一切我今皆懺悔

七言四句の偈文の中に、大切な心構えがあるそうです。
「貪欲退治、餓鬼道離脱の為には知足」
「苦悩を脱せんと欲せば、知足を観ずべし」
「知足は第一の富なり」・・・

ものぐさ陶の庵ですが、一応仏教徒ですので、毎朝夕ご仏前で読経いたします。
それも最初に「懺悔文」を唱えてから読経するのを、もう何十年も続けていますのに!
知りませんでした~ 意味も解からずに~ なさけない~ 

利休居士の教えや、松平不昧公も言ってみえた・・
 「茶道は足ることを知らせる為の作なり」

諸々、意味深い「吾唯知足」のつくばいで心身を清めて・・・席入り。

初炭、懐石、唐物、濃茶、薄茶・・と其々の分担で
勉強させていただき有難うございました。

今日のお楽しみはもう一つ。


Kさんの笙の演奏
80歳になられるそうですが、矍鑠とした素敵な男性です。
17本の竹管の吸口より、息を吸ったり吐いたりで、
ゆったりと響く厳かな音色♪♪

日本古来の伝統芸能・・いいですね~

今日の四方会も、心に沢山のビタミンを補給させていただきました。
しみじみと日本人に生まれて良かった (*´ー`)

2012年5月1日火曜日

庭の花

「薫風南より来る」   ぴったりの季節。
爽やかな日々が続き一坪花壇も、大分賑やかになってまいりました。

「海芋」  素敵な純白

 
「スティロディスカス」  華やかな黄色
暗くなると花びらが外側にクルッと回り、
朝、明るくなるとピンと元気になります。

「壷珊瑚」  可愛い珊瑚色
花は壷形、全体も珊瑚そっくり、
葉っぱはハート形です。

過日、木瓜の花と、白い可憐な花をつけた鳴子ゆりを
挿してみましたが、とっても相性が良かったですね。
固かった蕾も間もなく綻びる芍薬、桔梗、うつむきがちに咲く苧環、
都わすれ、紅色の小花をぎっしりつける京鹿の子・・

冬の間忘れていても、その季節が来ると、
ちゃんとそこに咲いてくれる。
そんな花木や草花・・愛おしい!      


暫しお別れの椿は、丈夫な木で、花も葉も美しく、春を招くおめでたい花。
炉の季節、長い間茶花とし注目され、又、二月堂のお水取りや、
薬師寺の花祭りでは、造花になったりで大活躍してくれましたネ。
本当にお疲れ様でございました。
(^人^)♪ 



2012年4月24日火曜日

「はんなり」と「雅び」

四捨五入すれば半世紀、50年来の親友Tさんと京都へ♪♪

「はんなり・・四君子苑」

玄関前の竹穂を下向きにした珍しい垣
(その先は撮影禁止)

北村謹次郎氏(1904~1991)が蒐集された茶道具の北村美術館。
その屋敷内にある自邸を年に春と秋、数日公開されるだけの「四君子苑」です。
四君子苑の由来は、菊の高貴、竹の剛直、梅の清冽、蘭の芳香を四君子と言います。
その四君子を中国で讃える風習があり、菊(きく)、竹(たけ)、梅(むめ)、蘭(らん)の
頭文字が「きたむら」と読めることと、その品格風格にあやかることを、
願って四君子苑と名付けられたそうです。
 その名のとおり苑内は、優美さと京言葉の「はんなり」の雰囲気が、
いたる所に漂っていました。 うっとり・・

日本の山林王である、吉野の北村家はお茶への造詣も深く、
代々表千家の家元と親交があり、謹次郎氏も先代、即中斎宗匠や、
現家元、而妙斎宗匠共々、お茶を楽しまれたそうです。
(何やら、表千家と聞いただけで親近感がありますネ(*^ー^*))

数奇者としての精神の全てを、茶室と茶庭に注がれた人の言葉。
「茶道は総合芸術であって、道具だけでなく、茶法だけでなく、
庭の一木一草迄の、すべてが呼応しあうもの」・・と、言ってみえました。
弱輩、陶の庵も、綺麗寂びの極致、昭和数奇屋の傑作四君子苑を、
清々しく五官で感じることが出来、とても嬉しゅうございました。


「雅び・・拾翠亭」

 
 広間の広縁から広大な九条池を見る

四君子苑から、京都御苑を斜めに通り抜けると、五摂家の
一つであった九条家の、茶会の為の離れ「拾翠亭」があります。
200年位前の江戸時代後期に建てられ、遊び心のある
公家屋敷の茶室として、現存している建物は数少ないそうです。

五摂家
(近衛家、 九条家、 鷹司家、 二条家、 一条家)

その当時の摂関家の仰々しく美々しい生活・・
下々の陶の庵には想像すら出来かねますね~

今日も「はんなり」と私達を迎え、感動させてくれた四君子苑。
「雅び」な生活であったろうと、その当時に思いを馳せた拾翠亭。

其々の時代に、一服のお茶をいかに美味しくいただくか・・
美的感覚、財力共に兼ね備えた数奇者が、心血を注いだ茶室と茶庭。

そして、その奥深い茶の湯とは・・

ぶらぶら歩きの二人旅。
思わぬ発見もあり楽しかったですネー
今後共どうぞ (^-^)/

2012年4月17日火曜日

徳川美術館



尾張徳川家の大曽根別邸の一角に建てられている徳川美術館。

柳営御物を含む沢山の茶道具が、展示されていますので時々出掛けます。
隣接する徳川園も、四季折々に咲く花々で楽しませてくれますよ。 特に、一、二月の
雪の降る極寒の頃、寒さ避けのこもを被った、冬牡丹の可愛らしい姿は印象的です。
美術館と庭園は名古屋っ子、いーえ愛知っ子のオアシス。

今回は、名古屋城下に打刀商として、江戸時代初期に開業され、成功なさった豪商の
「岡谷コレクション 豪商のたしなみ」が一挙に公開されました。
文化財は私蔵すべきでなく「保存と公開」を・・と岡谷家十代惣助氏(1887~1965)の
遺志をついで、重要文化財を含む88件全てを、S40年徳川美術館に寄贈されたそうです。

その時代の実業家は、美術品が海外へ流出してしまう事から護りたいという、
熱い思いから蒐集し、プライベートな美術館で公開されている多くの篤志家がみえます。
その方々のお陰で、今、私達も先達から受け継がれてきた文化財を、
間近に見させていただく事ができます。 感謝! 感謝!

古美術、特に茶道具を見ての帰り道、何時も思うことですが、
茶人でもある蒐集家は、その時代の財界の重鎮。
その先達の「たしなんだ茶の湯」とは・・?

根津美術館の初代嘉一郎氏(1860~1940)が書いて見えましたが、
茶の湯とは
「茶室という狭い空間で、無念無想の境地に入り、精神を統一する。
茶の湯が人の気持ちを落ち着け、挙措動作を奥床しくするのはその為」

一寸、陶の庵には難しいことですが・・ 願わくば
その時代にタイムスリップして先達のお茶会を垣間見たいものです。

2012年4月10日火曜日

ソメイヨシノとヤマザクラ

今年は春と冬を何度も行きつ戻りつし、季節の定まらない日々が続きましたが、
ここ数日、春風に包まれた穏やかな日和になりました。
遅ればせながら、我家の裏庭にも、やっと、佐保姫様が舞い降りてくださいました。

ソメイヨシノとヤマザクラ

江戸時代以降の日本の桜の八割がソメイヨシノだそうですね。
ソメイヨシノは葉の出る前に、淡紅色の花が咲きそろい、
ヤマザクラは若葉のある中に、清純な白い花がぼんぼり状に咲きます。
華やかさでは断然ソメイヨシノですが、ひっそりと奥ゆかしく咲くヤマザクラも好き・・
花も佳いですが、殊に、受粉した花の花びらが散った後に、緑色の実を結び、
それが熟すに従って、可愛らしい赤い実に成長する姿も楽しみです。 又、
秋の紅葉もソメイヨシノより柔らかい彩りで染まるヤマザクラは風情がありますよ。

四方会で時々楽しむ百人一首は、
「秋」を詠んだ和歌が多いですが「桜」も詠んでいます。

花の色は うつりにけりな いたづらに 
 わが身よにふる ながめせしまに

いにしへの 奈良の都の 八重桜
けふ九重に にほひぬるかな

久かたの 光のどけき 春の日に
 しづ心なく 花のちるらむ

他も含め六首詠まれていますが、何となくうららかな気持ちにさせてくれる
「久かたの 光のどけき・・・」が好きですね。

それよりもっと好きなのは・・
「花より団子」 一服のお茶の時に頂く「桜餅」
陶の庵の三河地方は、道明寺粉で作った餅で餡を包む関西風です。
包む桜葉は塩漬けにした、オオシマサクラでなければ、
あの独特な香りとべっ甲色はでないそうですよ。

では、桜葉は一緒に頂きます?
残します?

勿論、陶の庵は綺麗に全部頂きますが・・