2012年12月30日日曜日

「ラジオ体操」と「ヨーガ」

元気の源「ラジオ体操」と「ヨーガ」

「ラジオ体操」歴は長いですネ。朝起きるとコップ1杯のお水を飲んでからサー体操!
 一、二、三、四 ・ ・ ・ ・  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・
ゴンちゃんが来てからは朝の散歩に替わり、雨の降った時だけになってしまいました。
今、ゴンちゃんがいなくなってからは又前に戻り、
  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・  一、二、三、四 ・ ・ ・ ・
最近「ラジオ体操」が再認識されていますが一生懸命しますと、
くまなく筋肉を使い、血液が隅々まで全身流れるのがわかります。
これで元気になる・・と暗示をかけて一日の始まりです♪♪

「ヨーガ」歴はT教室が出来てからですので七年かしら?
走る、投げる、泳ぐ、滑る、登る全てニガテ(*´ー`) 運動神経ゼロ!でも、ヨーガだけは別。
 遠路来て下さるインストラクターのM先生は、とってもパワフルでアクティブ。
週1回2時間を、生活全般の貴重なお話を交えながら、1歳3ヶ月の可愛い生徒から、
75歳迄巾広い老若男女の私達生徒をグイグイ引っ張って下さいます。
小さなヨガマットの上で繰広げる自分だけの世界・・・身も心も清浄にいたします。




今年最後は2人で組むヨーガ一年間の集大成です。
そして笑いの行法でヨーガ納めとなりました。

今年も無病息災?一病息災で過ごす事が出来ましたのも「健康ヨーガ」のお陰。
先生、教室の皆さん(^人^)♪ ございました。


※  先生ゴメンナサイ、もっと良いポーズがありましたのに・・・

2012年12月27日木曜日

ゴンちゃんの事

天国に逝ってしまったゴンちゃん。
18年間共に濃密に過ごしました。
手のひらに乗ってしまう小さな々赤ちゃん犬でした。
全体が茶色で鼻の周りだけ真っ黒、そんな姿を見ていたらジュリーとかチェリー、ロッキー・・
似合わないわネ。何処から見ても唐草模様が似合いそう!
そこで「権兵ヱーが種まきゃ烏がほじくる・・」のイメージで神谷権兵ヱーと命名いたしました。

今、そのゴンちゃんは裏庭のヤマザクラとソメイヨシノに抱かれて眠っています。
あの日、7/28日は朝から何か変な転び方をしたり、狭い溝に落ちたり・・・
そのうち起き上がれなくなってビックリし主治医の先生にTEL、
容態を話すとちょっと危ないから昼から直ぐに出掛けます。
バスタオルの上に横に寝かせ、暑い日でしたのでアイスノンで冷やしたり、
スポイドで水分を与えたりしていましたが11時50分眠ってしまいました。
まさか、まさか、今は夏バテでも涼しくなれば又、元気を取り戻してくれる・・と思っていました。

あれからもう5ヶ月! 寂しいですネ。色々思い出します。

じぶんの尻尾を咬んで尻尾が無くなってしまった事。
ローソクや石けん迄食べてピーピーになってしまった事。
去勢した時ジーと痛みをこらえていた姿。
散歩!と言ったときのうれしそうな顔つき。
原因不明の痛みで7泊8日の入院した事。
飼い主まで咬んだ時の牙を剥いた顔。
脳梗塞で大変だった時の事。
最後は痴呆症。やがて陶の庵の行く道??

話題には事欠かないゴンちゃんでしたネ。
今でも柱の影から飛び出てくるのでは? 外でキャンとかワンと聞いたりすると
飛んで見に行くこともあります。 空耳です・・・

桜の麓に眠っているゴンちゃん。
春には桜の化身となって綺麗な花を咲かせてね♪♪
18年間楽しませてくれたゴンちゃん。おやすみなさい。

2012年12月20日木曜日

「所作」

「身、口、意の三つのはたらきが現れること。その場に応じた身のこなし、しぐさ」と・・
「所作」を引くと辞書には書いてあります。

茶の湯の中での所作は、何より挨拶と姿勢、手つき(手なり)はとても大切な事だと思います。
正しい(省略しない)言葉使いで挨拶をする事と、背筋をまっすぐのばした姿勢での
立ち居振る舞い、そして手先の自然な動きの流れ・・・
それは日頃のお稽古の中でこそ身につくものです。

姿勢が整うと呼吸が整い、呼吸が整うと心が整ってくる。
それには、お点前に入る前に居前をきちんと決め、手順と呼吸を身につけること。
すると心が整い動作に余裕が生まれ優雅に見える・・そうです(^-^)
上達の秘訣に近道はなく、やはり基本動作の繰り返しで体が覚えることですね。

お点前でも手つき(手なり)はとても大切ですが、過日の和楽茶会でお招きいたしました
市川櫻香様の舞踊や、佐藤融様の狂言を間近で見させていただきましたが、
手つきがとても美しかったですね。手つきだけでも色々の表情がうかがえました。
「目は口ほどにものを言う」とのことわざはよく聞きますが
「手も口ほどにものを言う」 付け加えたら如何でしょうか♪♪

伝統美も様式美も一朝一夕には身に付かないですね。
地道なお稽古に日々励み、おいしいお茶を点て共にいただきましょう。

「けいこは強かれ 情識はなかれ」


2012年12月14日金曜日

「初雪」

先日の初雪にはびっくりいたしました。
12月の上旬に雪が降り、積もるのは珍しく10何年ぶりとか・・・(>_<)
朝、ラジオ体操(元気の基はラジオ体操とヨーガ)をしていましたら、
何やらモヤーと景色が翳み、白い物が降ってきました。
前日の天気予報どうり「初雪」  最近の天気予報の的中率は100%?
何かイベントがある時には、とても週間天気予報が気になります。
的中してほしい時、雨予報? どうかはずれますように・・まったく自分勝手ですよね。

寒さの募るこれからの日々、貧弱な陶の庵は寒さが直接骨身にしみり冬は苦手ですが、
先日の雪の降った日は、暖かくした部屋の中から降る雪をぼんやり見ていました。
今日の雪は「初雪」  その他にどんな雪言葉があるかしら?
白雪、細雪、粉雪、淡雪、ぼたん雪、花びら雪、べた雪、なごり雪、雪明かり・・・
繊細な言葉の表現一つで目の前に雪景色が広がります。

美しいと思う季節の日本語の中に、先程の雪明かりと淡雪が入っていましたが、
四季のある日本では柔らかく、季節感を表現する美しい日本語がありますね。
因みに1位は「夕なぎ」だそうです。ある瞬間から風がピタッとやむ・・
海岸近くに住んでいますので時々体感いたします。
2位は「新緑」 3位は「木枯らし」だそうです。

お茶のお道具の中にも雪景色を表わした「吹雪」と言う、
蓋の肩と畳付きの面が取ってある薄茶器があります。どうして吹雪と言うと、
吹雪の中を歩くと頭上も足下も定かでないことから言われています。



三河という温暖な土地に住んでいますので、時には銀世界もと思いますが、
雪国の人は雪を見るだけで気が重くなるそうですね。
長期予報では今冬はいつになく厳しい冬になるとの事。大雪の為亡くなったり、
作物も雪害を受けたり、雪崩や地すべり等の被害がない事を願うばかりです。

2012年12月7日金曜日

其の三 「大阪市立東洋陶磁美術館」と「香雪美術館」

大阪の官公庁街の中ノ島公園の一画にある「大阪市立東洋陶磁美術館」
幾度となく訪れましたが、周りの環境に溶け込んだ落ち着いた建物と、
展示品は毎回豊かな気持になります。今回は開館30周年記念企画
「国宝 飛青磁花入」と「国宝 油滴天目茶碗」のとっておきの展示でした。

飛青磁花入(元時代 14世紀)
流麗でふくよかな姿、形容しがたい美しさです。
まったりとした青磁の中に、辰砂の紅が心地よい間隔で点々とたおやかに発色し、
何度見てもうっとりいたします。畏れ多くも挿すとしたらどんな茶花が合うかしら? 
そうね、やっぱり花は無いほうがいいわ。真塗りの薄板の上にただそっと置くだけ・・・

油滴天目茶碗(南宋時代 12~13世紀)
小振りな茶碗の内側と外側に、金、銀、紺の細かな卵型の斑点がびっしり現れ、
その斑点が油の滴に似ていることから「油滴天目」といわれます。
焼成の過程で釉中の気泡が破裂し、そこに流れ込んだ酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じた・・・と難しいことは解かりませんが、思いの他小さな茶碗の中に大きな宇宙を感じますネ。
双璧の、静嘉堂文庫に所蔵されている「国宝 曜変天目茶碗」 黒の釉面にある紋の周りが
ルリ色に妖しく光輝いている茶碗に比べたら、漆黒の部分が多く落ちついた感じが致しました。

安宅コレクションから東洋陶磁美術館に収蔵されるまで紆余曲折があったそうですが、
1000点余りの作品が一点も散逸されることなく収蔵されているとのことです。
焼き物好きにとってはこの上ない喜びです!


「香雪美術館」 朝日新聞の創業者村山龍平氏(香雪)のコレクション。
超高級住宅地神戸の御影に、広大な敷地と重要文化財の和洋の建物に囲まれた
一画にあり、鎌倉時代の中期から桃山時代の茶道具が多く収蔵されているそうです。
美術雑誌でしか見たことのない作品が数十点展示してありましたが、その中でプーと膨らんだ
「堪忍」という銘の、名物瀬戸肩衝茶入があり伊達政宗が付けたそうですが、
何やら江戸幕府に対しての堪忍袋かしら?
緒が切れたのか切れなかったのか。 傑作な銘ですネ。

見事に自然と共生している生活空間。
ご自身も深く茶の湯を嗜まれ、お客様の接遇の基本となさっていたそうで、
藪内流家元の茶室「燕庵」の忠実な写しがあるとの事。
そんなお席にお招きされないかしら??


大阪、高松、琴平、神戸・・・と
歩いて、歩いて、歩いた二泊三日の旅でした。

2012年12月5日水曜日

其の二 「金刀比羅宮」と「白峰神社」

お伊勢参りと共に、一生に一度はお参りしたいといわれ、
全国から訪れる参拝者で賑わっている金刀比羅宮。

御本宮までの階段 785段
御本宮から奥社まで更に583段
合計 1368段

覚悟して登り始めましたが階段はやはりキツー!
自分で叱咤激励しながら、やっと御本宮へ。
 御利益を念じ暫しお参りをいたしました。

サー、もう一頑張りして奥社まで・・・583段。
頑張りましたが日頃の運動不足が祟り、足が前に進まなくなってしまいました。
奥社までは無理としても中間にある「白峰神社」は「崇徳上皇」と生母「待賢門院璋子」の
御二人が祀られている神社ですのでどうしてもお参りしたい場所。
この付近は紅葉の木が多く「紅葉谷」と言われているそうで見事な黄や紅の錦でした。


最終の和楽茶会も「平家物語」をテーマとして開催いたしましたし、
四方会でも時々百人一首を楽しみますが、崇徳上皇の

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
 われても末に あわむとぞ思ふ」

この札だけはどこにあっても陶の庵の手がスーとのび、不思議に必ずゲットいたします。

複雑な親子関係、保元の乱に敗れ讃岐に配流され、九年の長きに亘って無念な日常を
よぎなくされ崩御された崇徳上皇。その失意の中でも金刀比羅宮へのお参りが、
唯一つの生きがいだったのでしょう。幾度となく参拝されているようです。
ホットしましたのは崇徳上皇の死から四年後に上皇を偲び慰霊の為、
西行法師が来讃されたようです。 心が温まり安らぎました。

900年近く過ぎた平和な現在、伊勢神宮と共に親しまれている金刀比羅宮。

こんぴらさんで しあわせ参り (*´ー`)

2012年12月2日日曜日

其の一 「万博記念公園」と「太陽の塔」


雨ニモマケズ 
                           風ニモマケズ 
                     雪ニモ夏ノ暑サニモマケナイデ・・・

 モノレールから降りると、錦秋に包まれた巨大な「太陽の塔」が、
青空に向かって見事なコントラストでそびえたっていました。

40数年前の大阪万博のシンボルゾーンの、大屋根を突き破って向かう塔は、
その当時の日本の世相のように、明るい未来にエネルギッシュに進んでいた姿でした。

巨大な大屋根は(S52年頃)撤去されてしまいましたが、その当時
大屋根の建設に携わって、当時「丹下健三事務所」の利休七哲ならぬ
「丹下七哲」といわれた、遠戚のK.K氏の紹介で建設中の、
各国のパビリオンが点在する会場内を案内していただきました。

大屋根( 巾 108m、長さ 290m、重量 4200t )の収縮率は一日で1m???とか、
地上で組み立てて持ち上げる大変な工法だったとか・・記憶がはっきりしませんが、
その当時の建築技術の結集だったそうです。その大屋根をぶち抜いて反対されていた
70mの塔を造った岡本太郎さん。やはり偉大な?芸術家ですね。

「国立民族学博物館」では超高速で世界一周し、
日本庭園の「千里庵」「万里庵」では錦秋包まれて一服を戴きました。


40数年前のほんの一時期かもしれませんが、目的をもっておおらかに
良き時代を共に過ごしてきた事をしみじみ思い起こしたところでしたし、
各国のパビリオンの跡地も見事に錦秋に覆われた一大オアシスになっていました。