2013年9月30日月曜日

「競咲・・?」

今年生誕100年を迎えた新美南吉の「ごんぎつねの里」矢勝川の堤に、
見事な「彼岸花」と「松葉ボタン」が咲いています。


陶の庵の裏庭にも毎年竹垣の陰でこっそりと「彼岸花」が3輪咲きます。
夏の終りから秋の初めにかけて、緑の枝も葉も節もない花茎(と言うそうです)が、
ある日突然伸びだして、先端に花序(と言うそうです)が一つだけ付き、ほころびると
真赤な花がそりくりかえった形で咲き、赤い糸の様な雄しべと雌しべが、
放射状に長くのびている・・・複雑な花の形、見方によっては華やか?
 そして、薄暗くなってから見るとちょっとドキッとする花です。

そんな「彼岸花」が矢勝川の堤に200万本群生しています。
20数年前迄は、葛やススキが生い茂り土手も道も洩れていたのが、南吉さんの
幼友達だった小栗さんが、最初はお一人で雑草を刈り土手を整備され、一株づつ
球根を植え始められたそうです。やがて、大勢の地域の住民が参加され、
今では見事な「彼岸花」の咲く堤となり多くの人々の心を癒しています。
小栗さんは南吉さんと矢勝川で泳いだ思い出等と合わせて、
多くの戦友を亡くされ、その供養の意味も込めて始められたそうです。
「彼岸花は平和の鎮魂花」


土手に面した花壇にも可愛らしい5弁のショッキングピンクの「松葉ボタン」又の名を
日照草ともいわれる名の通り、強い日差しの中でも「彼岸花」に負けじと群生しています。



今年は丁度お彼岸頃が最盛期だったようですが、
3,4日前に出掛けましたがまだまだ見ごろだと思います。
是非お早めのお出掛けを♪♪

2013年9月26日木曜日

「鎌倉」と「江ノ島電鉄」


前日は大船で一泊。
サー 今日は鎌倉巡りです。

まず、北鎌倉で降り「円覚寺」へ。


総門をくぐり木漏れ日の石段を登ると三門です。
三門から奥に仏殿、方丈が中央一直線に並んだ禅宗特有のお寺で、
掃き清められた境内は凛とし佇むと身が引き締まります。 

同じ禅宗の建長寺へ。
地図上ではお隣のお寺ですが歩くと遠ーい、遠ーい疲れました。
なにしろ真夏に逆戻りの暑さでしたので疲れも倍になったようです。

いくら足が筋肉痛になろうとも鎌倉に来たからには鶴岡八幡宮は拝観しなければ・・・
源頼朝が開いた鎌倉幕府(1185年? 1192年イイクニツクロウ・・・?)
京都から遷り150年間政治、経済の中心地となった鎌倉。
その源頼朝ゆかりの神社、鶴岡八幡宮。

本宮への石段の前に建つ入母屋造りの建物は、吉野山で捕らえられた静御前が、
義経を慕う歌を詠み舞ったと伝承されている?「舞殿」です。


♪吉野山 みねのしら雪踏み分けて
いりにし人の 跡ぞ悲しき

しづやしづ しづのをだまきくり返し
昔を今に なすよしもがな♪

お能や歌舞伎にとり上げられている悲劇の主人公ですね。


鎌倉駅への賑やかな小町通りで暫しのお買い物タイム(*´ー`)を済まし、
そして、乗るのを楽しみにしていた江ノ島電鉄通称江ノ電へ。
始発鎌倉から終点藤沢まで、15駅湘南の海岸沿いに走るローカル線。
人家の軒先に触れそうなギリギリに走っているのに、線路と人家の間には
フェンスもないし、道路と同じ路面を走っています。
途中きついカーブも何ヶ所かありますが、路面電車並の速度18㌔で、
藤沢迄シーズンの終わった美しい湘南の海岸線をゆっくり走っています。



鉄道も新幹線のこだま、ひかり、のぞみ、そして近々リニアと・・・スピードアップ!
先日の新聞に「鉄道に遅い旅を追及したことが一度もない、これからは
如何に遅くゆったり走るかだ」・・・と書いてありましたが、
走行距離10㌔、速度18㌔、15駅をコトコトとのんびり走る江ノ電。
なかなか乙なものですよ。

2013年9月21日土曜日

「武相荘」と「三井記念美術館」

日本の歴史や文化に名を残された白州次郎、正子ご夫妻が、戦時中都心から離れた
鶴川村(町田市)に農家を購入して生活されたご自宅です。
「武相荘(ぶあいそう)」の由来は、武蔵と相模の境にあるということと、一ひねりして無愛想
(人に媚びない、へつらわない・・?)という言葉にかけて命名されたそうです。

緑に囲まれた広大な敷地にある入り口です。


木臼の新聞入れの置かれた長屋門をくぐり、石畳を歩いていくと
築150年位l経った萱葺き屋根の母屋があります。



母屋の中には超エリート(セレブ?)の白州家が所蔵する調度品や、
正子さんの審美眼で選びぬかれ、生活の中で使われた工芸品が、
現在でも使われているかのように配置よく置かれております。
又、正子さんの書斎には膨大な蔵書、出版された著書等があり、
時代の先覚者を改めて感じました。
そして、いつ頃か既に床暖房の設備のあるのにはビックリいたしました。

緑陰の散策路



生涯「プリンシプル(原則)」の信念を貫かれたご主人次郎さんと、
独自の「正子プリンシプル(主義)」で昭和18年「武相荘」に住まわれてからの
60年のお二人の創りあげられた「武相荘」は、暮らしの美の集大成ですね。



「武相荘」を出て鶴川から足をのばして日本橋にあります「三井記念美術館」で
催されています「特別展 国宝「卯花墻」と桃山の名陶」展、今回は
この展覧会を見るのが目的でした。

桃山時代といえば日本の美術、特に漆工、金工、陶器、染織等の
工芸品が一挙に花開いた時代です。
その中でも何といっても焼物屋でもあり、お茶を楽しんでいる陶の庵にとっては
陶器を見るのはとても楽しみです。
志野、黄瀬戸、瀬戸黒、織部・・・ その時代に生まれていましたら、下々の
私達にはとても見ることができない作品を間近に見ることができる
幸せですね。 (*´ー`)


2013年9月14日土曜日

「おもてなし」

先日オリンピック東京招致のプレゼンテーションの時に使われました言葉。
「おもてなし」・・・とっても良い言葉ですネ。
現代社会ではもう失われてしまったのかしらと思っていましたが・・・
にわかに時の言葉として使われだした「おもてなし」

一言で「おもてなし」と言っても抽象的で解かりにくいのでちょっと広辞苑で調べてみました。

          「もてなし」
    ①  客に対する扱い  待遇
    ②  客に出すご馳走  接待
    ③  人や物事に対する振る舞い方  態度
    ④  物事に対する扱い とりはからい  処遇
         ・・・とかたい言葉で書いてありました。

茶の湯での「おもてなし」というと、南方録という難しいお茶の本に書かれているそうですが、
お茶とは「朝、薪をとり湯をわかし、茶をたてて、仏に供え、人にもほどこし、自分も飲む」
もてなしというと、いかにも手を尽くし心を尽くして、相手にサービスする事も大切だが、
それだけだと「人にほどこし」で終わってしまう。
「自分も飲む」ということで、相手をもてなすと同時に自分ももてなされる・・・

もてなしはややもすると自己満足になりやすいが一方通行ではいけない。
お客と亭主がお互いに敬うことが大切・・・そんなことが書かれていた事を思い出しました。

それと同じような「客の心になりて亭主せよ 亭主の心になりて客いたせ」
大名茶人で松江藩主の松平不昧公の言葉です。

茶の湯の作法は感謝と謙譲の心でお互いを敬う。
そんな思いを心の片隅においておくと、とっても暮らしやすい世の中になるでしょうネ。
それが、なかなか、なかなか難しいことですが・・・
 

2013年9月8日日曜日

長月のお稽古

\(^ ^)/ 
2020年オリンピック、パラリンピック開催地「TOKYO」に決まる。


酷暑の夏が長く続き、もう秋は来ないかと心配していましたが、
つくつく法師の鳴き声や夜遅く鈴を転がすようなエンマコオロギの声が聞こえるようになり、
やっと、秋の気配が感じられるようになりました。

そんな長月は小振りな木屋町棚を使ったお稽古をいたします。
  

木屋町棚は表千家十一代碌々斎好みの引き出しの付いたお棚です。
お手前の時三角形の引き出しの中に、薄茶器を納めたり、又、濃茶手前の時には
仕覆を入れたりしますし、引き出しを外すと二重棚として使用でき、
色々楽しむ事が出来る欲深なお棚です。

これから茶席も夏の名残りと、次の季節への準備少しずついたします。


今日のお菓子は秋の台風の呼び名「野分」
葛製ですので器共々少し冷やしてから運びます。


二百十日も先日過ぎこれから台風の季節になりますが、
被害の出るような台風が来ないことを願いつつ・・・
「のわきだちて にわかに肌寒き 夕暮れのほど」
凌ぎやすい季節になってまいりました。

長かった夏が終り秋の気配を感じながらの一服美味しゅうございます。