2012年3月28日水曜日

シャッターチャンス


絶妙なシャッターチャンス。
岐阜県の垂井祭り「こども歌舞伎」の顔見せの写真。
歌舞伎だから男の子ですよネ。その着物姿の化粧にぴったり合った目と、
体中から醸しだされている何ともいえない表情。
本人は一生懸命でしょうが、写真を見た途端、思わず吹き出してしまいました。
子供ながら伝統を一身に背負っている姿! 頼もしいですねー。

髪に前ざしと緋色に金糸、銀糸の振袖は、
高貴で美しく、純情可憐な武家のお姫様との事。
うーん、ぴったり??

「女形」の歌舞伎役者さんが言って見えましたが、
女性の美しさははじめから「ある」のではなく「つくる」もの。
どんな女性でも自らの中に美しさの芽を宿しているはず。
この芽を育て、花開かせるためには?
「自己認識」と「精進」この二つに尽きるそうです。

黄昏の域に突入した陶の庵。
咲かないままでは・・ナサケナイ。
余り後が無い・・イソガナケレバ。
\(^-^)/

2012年3月22日木曜日

弥生 四方会

弥生四方会は、ぴったり旧暦二月二十八日になりました。

祥月命日の利休忌に因み、ご亭主が色々趣向を凝らした席つくりをして下さいました。


床のお軸は利休の画像に遺偈ではなく利休百首の一首。

茶の湯とは ただ湯を沸かし 茶を点てて
のむばかりなる事と知るべし

経筒の花入れに、程よく咲いた「利休忌」にはお決まりの菜の花。
(利休さんは花の中でも菜の花がお好きだったとか、亡くなられる朝も、
菜の花をお供えし、お茶を点ててのみ、切腹なさったそうです)

まず、Aさんはお供えする「供茶」のお点前。


普通のお茶は、お抹茶の上にお湯を足して茶筅でかきまぜて点てるのに対して、
お湯の上にお抹茶を落としただけで、かきまぜないで仏前にすすめるひとつのかたち。
天目茶碗を天目台にのせてお供えしました。

茶杓は、利休が切腹に際し、茶杓二本を削り
一杓を織部に「ナミダ」と銘して与えられた茶杓。
(勿論写しです(^^*) 本歌は徳川美術館蔵)

もう一杓は細川三斎に与えられた「ゆがみ(イノチ)」 
残念ながら昭和20年戦災で消失してしまったそうです。

利休とは異なるお茶を追求した古田織部。
利休にとことん忠実だった細川三斎。

利休七哲のなかでも、茶の精神のDNAを受け継いだ、
トップクラスのお二人だったでしょうネ。


Iさんのお点前
利休忌には「茶カブキ」と「廻り花」が慣例ですが、今日は「茶通箱」のお稽古。
お持たせのお抹茶とご用意のお茶で二服頂戴いたしました。

お箱の扱い時の指先が上手くうごかなーい!



陶の庵は後炭のお稽古。
ちょっとつまずいてしまいました(/o\*)


最後はご亭主Hさんの唐物のお稽古。


今日の弥生四方会は、盛り沢山のお稽古をさせていただき楽しゅうございました。
何時もながら、帰りの車中は春爛漫、菜の花に囲まれてご帰還。
有難うございました。 


2012年3月15日木曜日

コツコツ・・と三年目

拙いながらコツコツと書いた絵日記。
はや、三年目になりました。

心身共、頓に衰えはしましたが、コツコツパワーでこれからも、
身の丈に合った日常を書いていこうと思っています。

コツコツパワーの源?
陶の庵としては、やはり、美味しい一服のお茶でしょう。
勿論、美味しいお菓子と共にですよ!
忙中のポット茶ですが、珈琲でもなく紅茶でもなく、お抹茶はいかり肩が、
何となくなで肩になるような気がする至福の一時です。

拙い絵日記ですので大きな声では言えませんが、一応野望は持っています。
座右の銘は・・ 恐れ多くも井上ひさし氏が心掛けられた

 難しいことを易しく
易しいことを深く
  深いことをおもしろく 

熟年よ大志をいだけ??

色々な方々にサポートしていただきながらコツコツと・・
三年目もどうぞ宜しくお願いいたします。

(^人^)♪

2012年3月11日日曜日

2012年3月11日

あの日から一年。

あー、1年。  もう、1年。  まだ、1年。  やっと、1年。  しみじみ、1年・・・

この1年ほど、色々な事を感じさせられた日々はなかったように思います。
誰しもが重く辛い1年を過ごしてきました。

昨年末、和楽茶会で願いを込めて掛けたお軸「四海波」のように、
1日も早く四海(世の中)が波静か(平和)になり、
穏やかな日常がもどります様に願うばかりです。

「忘れず あきらめず」

2012年3月7日水曜日

「西行忌」と「涅槃会」

今日は旧暦二月十五日。

今年の大河ドラマ「平清盛」に鳥羽上皇に仕える北面の武士として、
清盛と共に登場している「佐藤義清」こと法名「円位」 歌号「西行」

若い頃はかなりの美形だったとか・・画面からでもナットク!
23歳の若さで武士を捨て、家庭を捨てて出家した西行。
どんな事情があったのか、これからのドラマに展開されるでしょうか?

西行と言えばこの一首。
「願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月の頃」

亡くなる十数年前遺言のように満開の桜の下で、
釈迦の命日(涅槃会)に旅立ちたいと・・    予言どうり、
2月15日釈迦入滅の後を1日遅れて2月16日に来世に旅立たれました。

「涅槃会」に旅立ちを望んでいたと言う事で、
1日早い2月15日を「西行忌」としたそうです。


陶の庵は四方会で時々百人一首を楽しんでいます。

お馴染みの西行法師と、その西行法師と
浅からぬ因縁の崇徳院の一首。



札の入っている箱

何故かこの札だけは何処に並べてあっても陶の庵がゲットしますョ。
先日のドラマの中でも崇徳院のうっぷんをはらすがごとき、鳥羽上皇の面前で西行が
「せをはやみ~ 岩にさかるる~・・」と詠んでいました。

色々の場面で、あ、あの人はこの歌だ・・あの人の事を思って詠んだのかしら?

百人一首を思い出しながらドラマを見ていると、
とても身近に感じて興味深いですネ。