碧南市にあります哲学たいけん村「無我苑」
生きることの意義を考える? 哲学と聞いただけで難しそうですが、
「たいけん」が平仮名になっているだけで、少しホットいたします。
生きることの意義を考える? 哲学と聞いただけで難しそうですが、
「たいけん」が平仮名になっているだけで、少しホットいたします。
無我苑は、日本庭園の中に瞑想室、数奇屋造りの茶室、研修道場などがあり、陶の庵も
第四回和楽茶会にお借りし、薄茶、点心、ジャズ演奏を楽しませていただいた場所です。
第四回和楽茶会にお借りし、薄茶、点心、ジャズ演奏を楽しませていただいた場所です。
その無我苑で今回は茶の湯文化講座
「冷凍寂枯の美学と茶の湯」(れいとうじゃっこ)
講師 矢部 良明氏
又々難しい演題の講座を聞きに出掛けてまいりました。
「冷える」 「凍る」 「寂びる」 「枯れる」
(ひえびえといてつくようなさびたるからみ)
鎌倉時代にお茶が日本に入ってきた当初は、嗜好品としてよりも薬として飲まれていましたが、
次第に庶民の間に遊戯である闘茶が流行し、小座敷に人々が集まり、その一隅に茶道具を
おいて、お茶を飲んだり食事をする会を行う茶の湯が行われました。その闘茶も次第に廃れ
その後、室町時代中期には、会所で催されていた茶会が書院の広間で行われるようになり、
将軍家や大名、貴族が好んだ華麗で完全な唐物を中心とした、名物茶道具を競って
飾る書院の茶の湯が流行いたしました。
それに対して和物の日常好んだ「不完全なもの」「粗末なもの」「下手物」等が
「冷え寂たる」を良しとされ、又、禅宗の深い精神性をとり入れた「侘び茶」が崇高なものとして
生まれ、その美学は世阿弥から心敬、珠光、利休、芭蕉と受けつがれています。
今回はその様な内容だったと思います?
もし、機会があれば次回は「織部」ということでした。
日毎、思考力、記憶力が衰える昨今、今日のお話もどれだけ理解できましたことやら?
一話一話、点としてインプットし何時か点と点が繋がり線となった時、
アー こういう事だったと思える日が来れば良しといたしましょう。

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