2013年3月16日土曜日

哲学たいけん村「無我苑」

碧南市にあります哲学たいけん村「無我苑」
 
 生きることの意義を考える? 哲学と聞いただけで難しそうですが、
「たいけん」が平仮名になっているだけで、少しホットいたします。

無我苑は、日本庭園の中に瞑想室、数奇屋造りの茶室、研修道場などがあり、陶の庵も
第四回和楽茶会にお借りし、薄茶、点心、ジャズ演奏を楽しませていただいた場所です。

 その無我苑で今回は茶の湯文化講座
「冷凍寂枯の美学と茶の湯」(れいとうじゃっこ)
講師  矢部 良明氏

又々難しい演題の講座を聞きに出掛けてまいりました。

「冷える」 「凍る」 「寂びる」 「枯れる」
(ひえびえといてつくようなさびたるからみ)

鎌倉時代にお茶が日本に入ってきた当初は、嗜好品としてよりも薬として飲まれていましたが、
次第に庶民の間に遊戯である闘茶が流行し、小座敷に人々が集まり、その一隅に茶道具を
おいて、お茶を飲んだり食事をする会を行う茶の湯が行われました。その闘茶も次第に廃れ
その後、室町時代中期には、会所で催されていた茶会が書院の広間で行われるようになり、
将軍家や大名、貴族が好んだ華麗で完全な唐物を中心とした、名物茶道具を競って
飾る書院の茶の湯が流行いたしました。
それに対して和物の日常好んだ「不完全なもの」「粗末なもの」「下手物」等が
「冷え寂たる」を良しとされ、又、禅宗の深い精神性をとり入れた「侘び茶」が崇高なものとして
生まれ、その美学は世阿弥から心敬、珠光、利休、芭蕉と受けつがれています。

今回はその様な内容だったと思います?
 もし、機会があれば次回は「織部」ということでした。

日毎、思考力、記憶力が衰える昨今、今日のお話もどれだけ理解できましたことやら?

一話一話、点としてインプットし何時か点と点が繋がり線となった時、
アー こういう事だったと思える日が来れば良しといたしましょう。
  


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